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研究成果

近赤外光センシングを高精度化する超高屈折率で透明な新材料を発見
- 自動運転・デジタルツインの普及加速へ期待 -

【発表のポイント】

  • 屈折率(n)がシリコンの約1.5倍と高く、近赤外光を通す新材料を発見しました。
  • 網羅的な第一原理計算(注1)により超高屈折率透明材料を特定しました。
  • 発見した新材料の薄膜を合成し、高い屈折率を実証しました。

【概要】

自動運転車の実用化に向けて近赤外光による高精度かつリアルタイムな距離測定技術が注目されています。しかし環境光によるノイズに弱いという欠点があるため不要な光を遮断する光学フィルターが不可欠ですが、視野を広げるシステムにコストがかかり、技術の普及を妨げる一因となっています。一方、近赤外域で高屈折率な透明材料はシリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)に限られており、広い視野角を得るために、より高い屈折率かつ透明な光学材料の開発が求められています。

東北大学大学院工学研究科の石井暁大助教と高村仁教授らの研究グループは、日本電気硝子株式会社との共同研究により、近赤外光を通す超高屈折率材料を発見しました(図1)。本成果により近赤外光センシングの応用範囲が広がり、現実空間を正確に把握してバーチャル空間上に再現するデジタルツイン(注2)の普及加速が期待されます。

本成果は2024年10月15日にAdvanced Optical Materialsに掲載されました。

図1.
今回発見した近赤外光
(波長800~1200nm)に対して透明な超高屈折率材料

【研究の背景】

近年の人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)技術の進展に伴い、現実世界をデジタル化する「目」として近赤外光の利用価値が高まっています。たとえば、自動運転車では近赤外光の反射により周囲の物体との距離を精度良くリアルタイムに測定できます。また、オフィス空間や工場、インフラ等の現実世界をバーチャル空間上に再現するデジタルツインにおいても、近赤外光による高精度かつリアルタイムな空間把握が重要な役割を果たします。

一方、この近赤外光センシングは、環境光によるノイズに弱いという欠点があります。そのため近赤外センサーには不要な光を遮断する光学フィルターが不可欠ですが、現在の光学フィルターは視野角が狭いため、広い視野を得るにはセンサーを高速回転させる必要があります。これは、システムの高コスト化を招き、技術の普及を妨げる一因となっています。

光学フィルターは、高屈折率と低屈折率の透明材料をナノスケールで交互に積層して作製されます。現在、近赤外域で高屈折率の透明材料はシリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)に限られていますが、広い視野角を得るために、より高い屈折率かつ透明な光学材料の開発が求められています。

【今回の取り組み】

本研究では、近赤外域で透明かつ従来よりも高屈折率の材料を網羅的な第一原理計算により探索したところ、ハーフホイスラー合金(注3)と呼ばれる材料群が、シリコンの約3.4に対して最大で約1.5倍の5を超える屈折率を示す透明材料になることを発見しました(図1)。さらに、これらの材料の透明性を示すバンドギャップ(注4)が金属原子の有効核電荷(注5)とサイズによって決定されることも見出しました(図2)。

図2.
(a) ハーフホイスラーαβγのバンドギャップ決定ダイヤグラムと、 (b) それに沿って整理した、第一原理計算で得られたバンドギャップ

実際に、第一原理計算で高屈折率かつ透明材料と示唆されたハーフホイスラー型のTiCoSb(Ti:チタン、Co:コバルト、Sb:アンチモン)薄膜を合成し、計算値とよく一致するn=4を超える高屈折率が得られることを確認しました。

【今後の展開】

本研究で発見した超高屈折率材料を光学フィルターに応用することで、近赤外光を利用した高精度かつリアルタイムな距離測定センサーの視野角が広がり、自動運転車やデジタルツインの普及が加速すると期待されます。一方、この超高屈折率材料で光学的に優れた透明性を実現するには、原子スケールでの精密な欠陥制御が必要なことも本研究で明らかになりました。今後は、この欠陥制御技術を確立し、超高屈折率材料を用いた光学フィルターの開発に取り組みます。さらに、本研究の知見を活用して、他の波長の光に対しても透明かつ超高屈折率を示す材料開発にも取り組みます。

【謝辞】

本研究の一部は、JSPS科研費JP17J04683およびJP22H04914、内閣府総合科学技術・イノベーション会議/戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」JPJ012207(研究推進法人:国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST))の支援を受けて実施されました。また、掲載論文は東北大学「令和6年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

【用語解説】

(注1)第一原理計算

量子力学の原理に基づいて電子状態や物性値を求める計算において、経験的なパラメータを用いない手法。

(注2)デジタルツイン

現実空間や製品をバーチャル空間に再現して、その変化のシミュレーションなどに活用する技術。

(注3)ハーフホイスラー合金

発見者フリードリッヒ・ホイスラーの名を冠した、量比1:1:1の金属元素3種が規則的に配列した化合物結晶。量比と規則性が異なるフルホイスラー合金もある。

(注4)バンドギャップ

物質中の電子を励起するのに必要な最低エネルギー。これ以下のエネルギーの光は透過する。バンドギャップ1eVは光の波長で約1240 nmに相当する。

(注5)有効核電荷

原子において、最外殻電子が感じる原子核電荷のこと。内殻電子によって、有効核電荷は核電荷より小さくなる。

【論文情報】

タイトル:
Highly Refractive Transparent Half-Heuslers for Near Infrared Optics and Their Material Design [Open Access]
著者:
Akihiro Ishii, Ruon Katsuragi, Satoru Tanaka, Itaru Oikawa, Masaaki Imura, and Hitoshi Takamura*
*責任著者:
東北大学大学院工学研究科 教授 高村 仁
掲載誌:
Advanced Optical Materials
DOI:
10.1002/adom.202402295
URL: