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研究成果
Cr2Ge2Te6薄膜の従来材に比べて二桁以上高いひずみ検出機能を発見
- ウェアラブル健康診断システム用の新材料として期待 -
【概要】
近年、身に着けたまま健康状態がわかる電子繊維や電子皮膚(注3)といった新しいデバイスの発展が期待されています。その開発において高感度のひずみセンサーは不可欠であり、材料の圧抵抗効果(注4)を利用したものは、高安定性、高耐久性、低コストといった利点を持ちます。純金属の数十倍の圧抵抗効果を持つ半導体材料は、微小な電気機械システム(MEMS)(注5)技術に適用できるため、脈拍や心拍など、極めて小さなひずみを検出できる超高感度な材料創成への応用が期待されています。
京都大学の王吟麗(オウ・ギンレイ)特定助教(研究当時:東北大学大学院工学研究科 大学院生)、東北大学大学院工学研究科の須藤祐司教授(材料科学高等研究所(WPI-AIMR)兼務)、同大学大学院環境科学研究科の成田史生教授らの研究グループは、柔軟なポリイミド基板上に成膜したアモルファスCr2Ge2Te6半導体(CrGT)薄膜の圧抵抗効果を測定し、60,000という極めて大きなゲージ率を観測し、他の半導体材料より数百倍高い感度を示すことを発見しました。本薄膜の巨大な抵抗変化はひずみによるCrGT薄膜内のき裂発生と進展に起因していることを明らかにし、本薄膜を用いた簡易的なひずみセンサーにより、脈拍に応答する明確な抵抗変化を確認しました。CrGT薄膜は柔軟性を持つ基板に一般的なスパッタリング法で成膜でき、その後の熱処理が不要であるため、さまざまな柔軟な基板に適用可能な超高感度ひずみセンサー材料として活用が期待できます。
本成果は2024年9月30日(現地時間)付で、英国王立化学会誌Materials Horizonsに掲載されました。
【研究の背景】
半導体材料は、金属材料と比べると、ひずみによる抵抗変化、すなわち圧抵抗効果が大きいことが知られています。通常、圧抵抗効果はゲージ率で評価されますが、半導体材料のそれは金属に比べると数倍~数十倍大きいため、ひずみを検出するデバイスの中核材料として広く研究されています。金属ではひずみによるサイズ変化に由来して抵抗が変化しますが、半導体材料では、それに加えて、結晶格子がゆがむことに起因して抵抗率自体が変化するため、ひずみにより大きな抵抗変化が得られます。しかし、一般的に、シリコンやゲルマニウムなどの半導体材料は、高温ドーピング処理(注6)が必要であり、融点が低い柔軟な基板に成膜することが困難です。さらに、昨今の健康診断デバイスといったウェアラブルデバイスの発展に伴い、非常に小さなひずみに対しても極めて高感度に検出できる次世代材料の創成が期待されています。
このような課題に対し、大きな圧抵抗効果を示す新材料の開発が進んでいます。例えば、In2Se3(In:インジウム、Se:セレン)やGe2Sb2Te5(Sb:アンチモン)(GST)といったカルコゲナイド材料が挙げられます。特に、アモルファスGST半導体薄膜は、300以上の高いゲージ率を示すことが報告されています。ただし、GSTアモルファス相の抵抗値は極めて高くゲージ率の向上に限界がある、アモルファス相の耐熱性が不十分であるなど、実用化に向けて課題を残しています。
【今回の取り組み】
このような背景のもと、京都大学の王吟麗特定助教(研究当時:東北大学大学院工学研究科大学院生)と東北大学大学院工学研究科の須藤祐司教授(材料科学高等研究所(WPI-AIMR)兼務)は、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の双逸(シュアン・イ)助教、同大学大学院工学研究科の金美賢(キム・ミヒョン)大学院生(現在、特任助教)、安藤大輔准教授、および同大学大学院環境科学研究科の成田史生教授と共同で、圧抵抗効果に関する研究に取り組み、柔軟なポリイミド基板上に成膜したアモルファスCr2Ge2Te6半導体(CrGT)薄膜が約60,000という極めて大きなゲージ率を示すことを発見しました(図1)。
研究グループは、これまで様々なカルコゲナイド材料の電気物性や相変化挙動に関する研究に取り組んできました。その過程で、アモルファスCrGT薄膜が、GSTなどの既存アモルファスカルコゲナイドとは異なり、高い耐熱性や低い抵抗率を示すことを見出してきました。そのようなユニークな性質を呈するアモルファスCrGTを主材料として、巨大圧抵抗効果の発現について調査を進めた結果、ポリイミド上に成膜したアモルファスCrGT薄膜が、ひずみにより極めて大きな抵抗変化を示すことを発見しました。アモルファスCrGT薄膜は、一般的なスパッタリング法で成膜でき、高温熱処理を必要としないため、さまざまな柔軟な基板への適用が可能です。
本研究では、ポリイミド上に成膜したアモルファスCrGT薄膜サンプルを対象に、引張試験機・半導体測定器・レーザー顕微鏡・ラマン分光などからなる機械・電気測定システムを構築し、ひずみの負荷・除荷によるアモルファスCrGT薄膜の抵抗変化メカニズムの解明を試みました。その結果、大きな抵抗変化は、引張ひずみによるき裂の発生と進展が巨大抵抗変化の主要因であることが分かりました。また、ポリイミドの弾性変形範囲内のひずみ領域内では、ひずみ負荷によりCrGT薄膜内に発生した開いたき裂により抵抗値が著しく増加しますが、ひずみ除荷によりき裂が完全に閉じることで、抵抗値は完全に初期の値に戻ることを明らかにしました。また、その歪み範囲では、繰り返し使用できることも分かりました。本結果は、アモルファスCrGT薄膜のき裂の発生・開閉を利用することによって、既存材料の限界を超えた、巨大かつ可逆的な抵抗変化を実現できることを示しています。また、今回の研究では、ポリイミド上にアモルファスCrGT薄膜を配置した簡単なひずみセンサー(図2)を提案し、動脈の脈波を明瞭に検出できることを実証し、健康モニタリングシステムへの応用可能性を示しました(図3)。
【今後の展開】
今回の成果は、脆性薄膜と柔軟な弾性基板の組み合わせによるひずみセンサーを提供するものであり、単純なデバイス構造で超高感度を実現できることから、健康診断システムをはじめとする多様なセンサーへの応用が期待されます。今後は、アモルファスCrGT薄膜に発生するき裂の定量評価や耐久性を検証するとともに、CrGT以外の脆性半導体薄膜における圧抵抗効果にも焦点を当て研究を進めていきます。
図1. 引張変形中のCr2Ge2Te6薄膜の抵抗変化率とひずみの関係。
図2. Cr2Ge2Te6薄膜/ポリイミド基板により構成される脈拍センサー。
図3. Cr2Ge2Te6薄膜/ポリイミド基板により構成される脈拍センサーで測定した脈拍データ。
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費(課題番号JP21H05009、JP22KJ0244、JP23K17825)の助成を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)カルコゲナイド
周期表で、酸素(O)と同じ族に属する元素(硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)など)からなる化合物のことを指します。
(注2)ゲージ率
材料にひずみを与えると電気抵抗が変化します。ゲージ率は、ひずみによる電気抵抗の変化率(抵抗変化量/初期抵抗値)と与えたひずみとの比率を指します。
(注3)電子繊維や電子皮膚
電子繊維は、繊維状の素材に電子機能を埋め込んだものを指し、電子皮膚は、人間の皮膚のように柔軟かつ伸縮性を持ち、触覚などの感覚を持つことができる素材を指します。
(注4)圧抵抗効果
半導体材料や金属材料に機械的なひずみを与えたとき、それら材料の電気抵抗が変化する効果を指します。ピエゾ抵抗効果とも呼びます。
(注5)電気機械システム(MEMS)
センサーやアクチュエータ、電子回路などを、シリコン基板やガラス基板、または有機材料基板等の上に、微細加工技術を用いて集積したデバイスのことを指します。
(注6)高温ドーピング処理
シリコンやゲルマニウムといった半導体材料は、一般的に、高温での熱処理により不純物を添加(ドーピング)してn型やp型に伝導タイプを制御したり、材料の抵抗率を制御したりします。
【論文情報】
リンク先:
東北大学