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研究成果

宮城の手すき和紙を原料に高強度で高生分解性の複合材料を開発
- 伝統産業回復と環境親和性の同時実現に期待 -

【発表のポイント】

  • 宮城県川崎町の伝統工芸品である手漉き和紙と生分解性プラスチックのポリブチレンサクシネート(PBS)(注1)から環境に優しい複合材料(グリーンコンポジット)を開発しました。
  • 本グリーンコンポジットの引張強さは和紙およびPBS単体より大幅に向上しております。さらに生ごみや汚泥から作った堆肥のコンポスト(注2)中に入れると、5週間後に80%以上生分解して、6週間後には本グリーンコンポジットとコンポストの内容物を見分けることが困難となりました。
  • 生分解性評価指針の提案や、環境にやさしい包装・家具・農業用マルチフィルムなどとしての実用化、伝統和紙の用途開拓につながると期待されます。

【概要】

美しさと強さで有名な伝統的な手漉き和紙は、繊維が長くて丈夫な楮(こうぞ)と呼ばれる植物でできており、歴史が長く多くの文化的意義を持つ素材です。何百年間も本、襖、窓などに使用されてきましたが、最近手漉き和紙の生産量は減少しています。一方、マイクロプラスチック問題を解決すべく、自然環境で生分解されるプラスチックの研究開発が進められています。

東北大学大学院環境科学研究科 博士課程のLovisa Rova氏と修士課程のAlia Gallet--Pandellé氏、王 真金助教、栗田大樹准教授、成田史生教授(工学部材料科学総合学科兼担)は、宮城の伝統和紙と生分解性プラスチック(PBS)からなる新しい複合材料(グリーンコンポジット)を提案・設計し、試作に成功して力学・物理特性と生分解性を明らかにしました。

今回開発したグリーンコンポジットは、宮城県川崎町の手漉き和紙3層とPBSフィルム2層を重ね、ホットプレス成形したものです。60 MPa(612 kgf/cm2)の引張強さを示し、コンポスト中で5週間後に80%以上の生分解率に達しました。また微生物による二酸化炭素(CO2)の発生量、縦弾性係数(注3)、引張強さ、破断伸び、重量の減少量など複合材料の特性変化を調査しました。和紙を混合させることで、プラスチックは強度が向上し、短期間で生分解されますので、和紙の用途拡大が期待されます。

本研究成果は2024年5月9日、複合材料の専門誌Composites Part Aに掲載されました。

【研究の背景】

長い天然繊維である楮(こうぞ)を主原料に日本独特の方法で漉かれた和紙は、非常に強度が高くて軽く、しなやかな素材です。長年にわたって手漉き和紙は様々なところで利用されてきましたが、日常生活における和紙の利用機会は年々減少している状況にあります。一方、マイクロプラスチックが引き起こす環境問題が深刻となっており、自然環境で生分解されるプラスチックの研究開発が進められています。生分解性のPBSは、熱可塑性の半結晶性高分子で、ポリプロピレンやポリエチレンなど一般的に使用されているプラスチックに匹敵する力学特性と加工性を持ち、堆肥化条件下での良好な生分解性を示す点を特徴としています。

【今回の取り組み】

手漉き和紙の新しい応用を目指し、宮城の伝統和紙とPBSシートを重ねて乾燥後、ホットプレスで成形して環境に優しい複合材料(グリーンコンポジット)を作製しました。そして、PBS、和紙、グリーンコンポジットの力学特性を評価するため、引張試験を行いました。図1は和紙1層・PBS2層(W1P2)、和紙2層・PBS1層(W2P1)、和紙3層・PBS2層(W3P2)を重ねて作製したグリーンコンポジットと和紙単体(WASHI)、PBS単体の応力-ひずみ曲線を示したものです。3層の和紙と2層のPBSからなるW3P2の縦弾性係数は大きく、引張強さは和紙単体に比べて約2倍程度です。図2はW3P2の断面画像です。和紙とPBSを積層して作製したグリーンコンポジットの断面は、PBSが和紙に含浸して繊維を取り囲んでいるように見えます。PBSが繊維を包んで繋いでいるため、引張強さが増加したと考えられます。

図3は、生分解性実験を57日間(約8週間)にわたって行った結果で、図3(左)は発生したCO2の量を、図3(右)は生分解率を示しており、MCは微結晶セルロース、Blankはコンポストのみの場合です。コンポスト中でグリーンコンポジットの生分解性は極めて良好で、5週間後に82%の生分解率に達しています。また、6週間後にはコンポストから取り出すことができないほど劣化していたため、力学特性を評価することができない状況でした。一方、PBSでは57%の生分解率でした。

図1. 和紙、PBS、グリーンコンポジット(W2P1、P2W1、W3P2)の引張試験結果。 右上隅の写真はW3P2 と和紙。

図2. W3P2 の断面画像。赤色の部分は和紙。

図3. (左)CO2 発生量と日数の関係。(右)分解率と日数の関係

図4はコンポスト中におけるグリーンコンポジットの縦弾性係数、引張強さ、破断伸び、密度の変化をまとめたもので、比較のため、水中にグリーンコンポジットを入れた場合の結果も示しています。コンポスト中のグリーンコンポジットの縦弾性係数、引張強さ、破断伸びは、水中の場合と異なり、4週間後に急激に低下しています。一方、コンポスト中のグリーンコンポジットの重量は2週間後に15%低下しています。

図5は、縦軸に縦弾性係数、引張強度、伸び率の低下率を、横軸に生分解率を示したもので、PBSとグリーンコンポジットを比較しています。興味深いことに、縦弾性係数、引張強さ、破断伸びの低下率と生分解率には相関が見られ、偶然にも材料に関係しない結果が得られました。一方、重量の低下率と生分解率との関係は示していませんが、相関は見られたものの、材料によって異なる挙動を示しました。

図4. コンポスト/水中における PBS および W3P2の (左上) 縦弾性係数、(右上) 引張強さ、(左下) 破断伸びおよび (右下) 重量の変化。

図5. (a) 縦弾性係数、(b) 引張強さ、(c) 破断伸びと生分解率の関係

【今後の展開】

複合材料の生分解性に関する評価方法はまだ十分に確立されていない現状にあります。プラスチックの生分解性を調査する際、材料をコンポストに入れてCO2発生量や密度の変化を測定するのが一般的ですが、プラスチック系複合材料の分野では、多くの研究が材料を土壌に入れて密度の変化を測定したり、表面を観察して生分解性を議論しています。実は評価する物性で材料の生分解のし易さが変わる可能性があります。自然環境中にポイ捨てされた複合材料が環境に優しいということを証明するために、何を調べたら良いのでしょうか。本研究では、試作した複合材料をコンポストに入れてCO2発生量、分解率、力学特性変化、密度変化など詳細に調査し、力学特性変化と分解率の関係を世界で初めて示しました。今後は、様々な生分解性複合材料についてより深く調査を行い、生分解性の評価方法そのもの研究を行っていく予定です。

【謝辞】

和紙は宮城県川崎町の手すき和紙工房 潮紙 代表 塚原英男氏より提供を受けました。また、紙漉きの“ネリ”として欠かせないトロロアオイの種は毎年東北大学薬学研究科・薬学部 附属薬用植物園から頂いているものです。

【用語解説】

注1.

ポリブチレンサクシネート(PBS):微生物によって最終的に水と二酸化炭素に分解される生分解性プラスチック。

注2.

コンポスト:有機物を微生物の働きにより発酵・分解して作製した堆肥。

注3.

縦弾性係数:細い棒を引き伸ばし、縦軸に単位面積当たりの引張り力を、横軸に単位長さ当たりの伸びを示したときに、グラフに描かれる曲線の初期傾き。値が大きいほど硬くて変形しにくい。

【論文情報】

タイトル:
Japanese washi-paper-based green composites: fabrication, mechanical characterization, and evaluation of biodegradability
著者名:
Lovisa Rova, Alia Gallet--Pandellé, Zhenjin Wang, Hiroki Kurita, Fumio Narita
*責任著者:
東北大学大学院環境科学研究科 准教授 栗田 大樹、教授 成田 史生
掲載誌:
Composites Part A: Applied Science and Manufacturing
DOI:
doi.org/10.1016/j.compositesa.2024.108261
URL: