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研究成果

5G移動通信システム対応の電磁波吸収材料を開発 - レアアースフリーFe系磁石合金で高性能化を実現 -

【発表のポイント】

  • レアアースフリーの鉄(Fe)-クロム(Cr)-コバルト(Co)系磁石合金を用いて、SHF帯(3GHz~30 GHz)のマイクロ波を使う第5世代移動通信システム(5G)※1に対応した優れた電磁波吸収材料を開発しました。
  • 従来品と比較して電磁波吸収能や伝送減衰率において優れた特性を持ちます。
  • 航空機の運航や医療機器の動作に支障をきたす電磁波干渉問題の解決に貢献すると期待されます。

【概要】

IoTデバイスの増加や高速・大容量通信が可能な第5世代移動通信システム(5G)の普及により電磁波干渉(EMI:Electromagnetic Interference)が懸念されています。EMIは航空機の運航や医療機器の動作に支障をきたすなどの恐れがあり深刻な問題です。

国立大学法人東北大学(所在地:宮城県仙台市、総長:大野英男、以下「東北大学」)大学院工学研究科、株式会社トーキン(本社:宮城県白石市、代表取締役執行役員社長:片倉文博、以下「トーキン」)は、5G(SHF帯)対応の新しい高性能電磁波吸収材料を開発しました。従来の知られている電磁波吸収材料や市販されている5G用ノイズ抑制シートよりも、電磁波吸収能が1.5~2倍、伝送減衰率も2倍と高い材料です。

本材料を用いることで、EMIを抜本的に解決できるデバイスの実現が可能となり、高度情報化社会、Society5.0※2への貢献が期待できます。東北大学とトーキンは、今後、性能のさらなる向上を目指して研究開発を継続し、本材料の社会実装に向けた取り組みを積極的に進めていく予定です。

本研究成果の詳細は2023年3月9日に日本金属学会春期講演大会(東京開催)で発表されます。

開発した電磁波吸収材料の外観写真

開発した電磁波吸収材料の外観写真

【開発の背景】

近年、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会、すなわちSociety5.0におけるIoTデバイスの増加や高速・大容量通信が可能な第5世代移動通信システム(5G)が注目され、利用される無線電磁波の周波数の高周波化が進んでいます。これらに伴って、電子機器における回路の長さと電磁波の波長が近くなることにより、通信のために使われる電磁波が他の機器において妨害波となってしまう電磁波干渉(EMI:Electromagnetic Interference)が深刻化しています。EMIは航空機の運航や医療機器の動作に支障をきたすなどの恐れがあり、解決が急がれる問題です。

この問題を解決する一つの方法として、目的とする周波数帯において妨害波のエネルギーを材料の磁気的損失により熱に変え、透過波も反射波も出さないメカニズムでEMIを抑制できる高性能な電磁波吸収材料の開発が求められています。

【本技術の特長】

これまで多くの磁性材料が電磁波吸収材料として広く応用されてきましたが[1]、東北大学大学院工学研究科の杉本諭教授らの研究グループは、周波数域がGHz帯域に入った1990年代後半から永久磁石を用いた電磁波吸収材料について報告してきました[2]。今回、東北大学の杉本諭教授、松浦昌志講師、佐藤光晴学術研究員の研究グループとトーキンの研究グループが共同開発した材料は、これらの研究をさらに見極め、従来鋳造合金磁石として用いられてきた鉄-クロム-コバルト(Fe-Cr-Co)系合金を用いて実現したものです[3,4]

Fe-Cr-Co系合金は1971年に本学の金子秀夫教授、本間基文教授、中村久三博士によって開発された永久磁石材料[5]で、希土類磁石が開発される以前ではアルニコ(Fe-Al-Ni-Co)系磁石と同様に広く用いられていました。アルニコ系磁石よりも低Co組成であり原料単価が優れているため、コンゴ紛争でCo価格が急騰した際は多く用いられた材料です。その組織はスピノーダル分解という相変態(二相分離変態)により、図1で示すように非強磁性相のCr-rich(α2)マトリックス相中に強磁性相であるFe-Co-rich(α1)相が50-100nmというサイズで均一に出現した組織形態(二相分離組織)を有しています。

Fe-Cr-Co系合金におけるスピノーダル分解後の走査透過電子顕微鏡(STEM)組織((a)反射電子像、(b)-(d) 元素マップ像(それぞれ(b) Fe, (c) Cr, (d) Coを表す))

図1 Fe-Cr-Co系合金におけるスピノーダル分解後の走査透過電子顕微鏡(STEM)組織((a)反射電子像、(b)-(d) 元素マップ像(それぞれ(b) Fe, (c) Cr, (d) Coを表す))

本技術は、このFe-Cr-Co系合金の特徴である塑性加工が可能で扁平化できる点を生かした成果です。今回、原料には市販の平均粒径20μm程度のFe-Cr-Co系ガスアトマイズ粉末を用い(試料As)、この粉末に対して多段時効処理(試料C)、ある試料に対しては続けて連続冷却処理(試料D)を行いました。 これらの試料As、C、Dに対してボールミル加工を行って扁平状粉末を作製しました(以下、これらのボールミル加工した試料は、上述した試料名に「BM」を追記し、As-BM、C-BM、D-BMと表記) 。高周波磁気特性および電磁波吸収特性は、得られた粉末をエポキシ樹脂に高充填化した樹脂複合体を作製し、これらを用いて測定しました。

図2に開発したFe-Cr-Co系合金の扁平粉末を用いた樹脂複合体の断面写真を示します。Fe-Cr-Co系合金粉末が扁平化して高充填化された樹脂複合体が作製されていることがわかります。また、微細組織観察から、ボールミル加工によりFe-Cr-Co 粉末の形状だけでなく、スピノーダル分解したα1相も扁平化されていることがわかりました[4]。また、複素比透磁率の周波数依存性を調べたところ、球状粉末と比較して扁平状粉末が高い透磁率を示すこと、その充填率の上昇によってさらに透磁率が上昇することがわかりました。特にC-BM試料では電磁波吸収特性を支配するμrʺが3.4GHzで6.9と高い値を得ました。

図2 開発したFe-Cr-Co系合金粉末を用いた樹脂複合体の断面写真例(As-BMの粉末を利用)

図2 開発したFe-Cr-Co系合金粉末を用いた樹脂複合体の断面写真例(As-BMの粉末を利用)

図3はFe-Cr-Co系合金の扁平状粉末を用いた樹脂複合体の電磁波吸収効果(ω×μrʺ(peak) ;ω は角周波数:2πf)を、市販の材料や5G用ノイズ抑制シートとあわせて比較したものです。これより、Fe-Cr-Co系合金材料が高い電磁波吸収効果を、6GHz付近とSHF帯(3 GHz~30 GHz)で示すことが分かります。

図3 開発したFe-Cr-Co系合金粉末を用いた樹脂複合体および各種市販材料の電磁波吸収効果ω×μrʺにおける極大値(ω×μrʺ(peak))の周波数依存性

図3 開発したFe-Cr-Co系合金粉末を用いた樹脂複合体および各種市販材料の電磁波吸収効果ω×μrʺにおける極大値(ω×μrʺ(peak))の周波数依存性

図4に開発合金のボールミル粉末を用いた樹脂複合体の電子回路基板における電磁ノイズ抑制効果(伝送減衰率ΔPloss/Pin)を示します。伝送減衰率ΔPloss/Pinは、入力電力に対する損失の割合を示し、高いほど優れたノイズ抑制効果を示します。これよりC-BM、D-BM試料は市販されている5G用ノイズ抑制シートやカルボニル鉄粉(CIP)ならびに扁平状センダスト(Fe-Si-Al)粉の樹脂複合体よりも10 GHz~30 GHzの高周波側に及ぶ周波数域で優れた伝送減衰率を示すことがわかり、高い電磁波吸収能を有すると判断されます。以上よりFe-Cr-Co 系合金は、SHF帯(3 GHz~30 GHz)において優れた電磁波吸収材料になりうると考えられます。

図4 Fe-Cr-Co系合金のボールミル粉末(As-BM、C-BM、D-BM)の樹脂複合体を50Ω系マイクロストリップ線路基板上面の実装にて測定された伝送減衰率 ΔPloss/Pinの周波数依存性。(比較材として、扁平状センダスト粉(Fe-Si-Al)やカルボニル鉄粉(CIP)、市販されている5G用ノイズ抑制シートを同時に示した)

東北大学とトーキンは、今後、性能のさらなる向上を目指して研究開発を継続していきます。また、本材料の社会実装に向けた取り組みを積極的に進めていく予定です。なお、本技術は、日本学術振興会科研費(JP19H05620)および総務省電波利用制度による電波資源拡大のための研究開発「不要電波の高分解能計測・解析技術を活用したノイズ抑制技術の研究開発」(JPJ000254)の支援を受けて行われました。

【参考文献】

[1]
例えば, 吉田栄吉 他, 日本金属学会誌, 63 (1999), 237-242.
[2]
例えば, S. Sugimoto, et. al., IEEE Trans. Magn., 35 (1999), 3154-3156.
[3]
S. Ajia, et. al., J. Alloy. Compd., 903 (2022), 163920.
[4]
S. Ajia, et. al., J. Magn. Magn. Mater., 564 (2022), 170200.
[5]
H. Kaneko, et. al., AIP Conference Proceedings, 5 (1972), 1088–1092.
[6]
S. Sugimoto et al., Mater. Trans. JIM, 39 (1980), 1080-1083.

【用語解説】

※1) 第5世代移動通信システム(5G)

携帯電話方式の第5世代方式。国内の携帯電話会社は2020年3月に商用サービスを開始した。最高伝送速度は4Gの約100倍。自動運転や遠隔医療など新たなサービスへの展開が期待されている。

※2) Society5.0

これまでの狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム。経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」。内閣府の第5期科学技術基本計画において、日本が目指すべき未来社会の姿として提唱された。