【発表のポイント】
- 超省エネルギー相変化メモリ材料の設計に有効な機械学習を用いた自動最適化フレームワークを開発
- データ書き込み時の消費電力を従来の1/100以下にできる可能性を示唆
AIやビッグデータが活用される社会が到来している中で、記憶装置の容量やデータ読み書き速度がより重要となり、新たな半導体メモリ材料の開発が求められています。今回、東北大学大学院工学研究科の山本卓也助教(金属フロンティア工学専攻)と須藤祐司教授(知能デバイス材料学専攻、兼東北大学材料科学高等研究所)らは、超省エネルギー相変化メモリに最適な材料物性を高速に探索・特定する自動最適化フレームワークを開発しました(図1)。このフレームワークは機械学習の一手法であるベイズ最適化を活用したものであり、相変化メモリの省電力化にはこれまで着目されてこなかった「メモリ材料自体の電気抵抗に対する電極接触抵抗の比」が重要であることを明らかにしました。この成果により、データ書き込み時の消費電力が従来の1/100以下となるような超省エネルギー不揮発性メモリの新材料開発が加速すると期待されます。
本成果は、2022年3月18日(金)にElsevier社の学術誌Materials & Designにオンライン掲載されました。
図1 機械学習を活用した省エネルギー相変化メモリ材料探索方法
<背景>
デジタルトランスフォーメーション(DX)注1の進展に伴い、情報通信量が日進月歩で増大しています。記憶装置のデータ入出力処理の増加も著しく、そのために要する電力量は爆発的に増大する見込みです。省エネルギー型不揮発性メモリ注2の開発が切に求められています。
現在広く販売されているフラッシュメモリを代替する次世代不揮発性メモリの一つとして相変化メモリ(PCRAM)注3に注目が集まっています。PCRAMは、データ記録に材料のアモルファス相と結晶相間の相変化を利用します。アモルファス相と結晶相間の電気抵抗差によってデータを記録し、パルス電流を印加することで発生するジュール加熱によって材料を局所的に相変化させ、データを書き換えます。PCRAMは、データ書き込み時間が数十ナノ(10億分の1)秒と高速なことに加え、動作メカニズムが単純で制御しやすいという特長があり、既に量産化されています。しかしながら、材料の相変化時の消費電力が大きいという課題があり、フラッシュメモリを凌駕するほどに需要が広がっているとは言えない状況にあります。このため、消費電力を大幅に低下させる新たな相変化材料の開発が期待されています。
以上の背景のもと、東北大学大学院工学研究科の山本卓也助教(金属フロンティア工学専攻)と須藤祐司教授(知能デバイス材料学専攻、兼東北大学材料科学高等研究所)、畑山祥吾博士(現所属は産業技術総合研究所)は、新たな相変化材料の開発を加速するために、ベイズ最適化注4を利用することでPCRAMが超省エネルギーで動作するために必要な材料物性を自動探索するフレームワークを開発し、新規材料の設計指針を構築しました。PCRAMに利用される相変化材料の物性には熱伝導率、電気伝導率等の9つの物性パラメータが存在し、それらを最適に設計する必要がありますが、網羅的な数値シミュレーションで最適化を行うには莫大な時間を要します。加えて、メモリデバイスの形状や断熱材、電極物性等のパラメータが追加されると莫大な数の材料物性を最適化する必要があります。これを求根アルゴリズム注5とベイズ最適化を併用した機械学習を用いた探索法(図1)により、多数のパラメータを一括に探索し、消費電力を大幅に下げるために鍵となる物性を特定することができるようになりました。これにより、新たな相変化材料の設計指針を明確にしました。特に、これまで着目されてこなかった「メモリ材料自体の電気抵抗に対する電極接触抵抗注6の比」が重要であることを指摘しました。
本研究成果により、現在実用化されている相変化材料であるGe-Sb-Te化合物を用いたメモリの消費電力が大きいのは、材料自体の電気抵抗、材料/電極界面における接触抵抗の比、熱伝導率が大きいことが要因であることを明らかにしました。今回構築した指針に基づくと、現実的に達成しうる物性範囲で消費電力を1/100以下にできる可能性が示されました。今後はこの指針に基づき、新規PCRAM用相変化材料を開発する計画です。また、今回開発したベイズ最適化を利用した自動最適化フレームワークを利用することで、相変化材料設計だけでなく、デバイス構造までを含めた包括的な材料設計へと発展させていく計画です。
本研究は、JSPS科研費21H04604、21H05009の助成を受け遂行されました。
タイトル:Design strategy of phase change material properties for low-energy memory application
著者: Takuya Yamamoto, Shogo Hatayama, Yuji Sutou
掲載誌: Materials & Design
DOI: 10.1016/j.matdes.2022.110560
注1 デジタルトランスフォーメーション(DX)
デジタル技術を生活へ浸透させることで人々の生活をより良い方向へ変革させることを言います。これに伴い、あらゆるものに対してデジタル通信機器が利用されることが見込まれています。
注2 不揮発性メモリ
コンピュータに用いられる情報を記録する媒体のことをメモリと言い、特にコンピュータの電源を切っている状態でも情報を保持したままのメモリのことを言います。
注3 相変化メモリ(PCRAM: Phase Change Random Access Memory)
アモルファス相と結晶相の電気抵抗の差を利用してデータとして記録するメモリのことを言います。相変化材料に電気パルスを与えることで局所的に電流を発生させ、ジュール加熱によって相変化を生じさせ、データを書き換えます。
注4 ベイズ最適化
形状がわからない関数の最大値を求めるために利用される最適化手法の一つで、効率的に最大値を求めることができます。関数の最大値を探索するうえで、過去の探索点のデータを元にして最大値を持つ期待値が大きい点を探索することで効率的に探索することができます。自動的に最大値を探索することから機械学習技術の一つとして期待されています。
注5 求根アルゴリズム
連続関数f(x)が0となる根xを求めるアルゴリズムのことを言います。効率的な求根アルゴリズムを利用することで試行回数を少なく計算時間を短くして必要な条件を求めることができます。
注6 接触抵抗
異なる材料を接触させた際に界面に生じる電気抵抗のことを言います。PCRAMでは相変化材料が電極や断熱材等の異種材料と多くの界面を持つことから接触抵抗が重要な因子となります。
リンク先:
東北大学
東北大学 工学研究科・工学部