燃料電池の材料や水素製造技術の開発で、
脱炭素社会の実現に貢献したい。
学位論文で取り組んだ、磁石の中でイオンが動く材料についての研究は、物理現象としてはおもしろいものの、それをどう応用し何に使えばいいのかがわからないという状態にありました。そんな中、国際学会で聞いたTuller教授の基調講演はとても示唆に富むものでした。Tuller教授の専門は燃料電池に使う電極などの材料開発であり、応用という面では私の研究とは異なるものの、話を聞いた時にシンプルにすごいなと感じ、MITでの研究滞在を通して何かしら道が開ければとも考えました。
燃料電池の研究は、それまでの研究とはまったく別ものでした。材料も違えば結晶構造も違う、動くイオンも違う。私のそれまでの研究は、鉄の酸化物の中でナトリウムやカリウムの陽イオンが動くというものであり、一方燃料電池では、酸素の陰イオンが動きます。とはいえ、機能を生むために「欠陥」を適切に制御するという部分は共通していました。燃料電池では、酸素がきっちりきれいに並んでいると隣が埋まっているために動くことができません。酸素を動かすには、それを適切に、10個のうち1個、8個のうち1個というように抜いてあげる。これは、酸化物の中でイオンを動かす場合も同様です。つまり、何かしらの機能を生み出すには、欠陥を理解し制御すること、どんな欠陥が入っているのか、入れやすいのかを理解して制御することが大事なのです。機能や個性、その材料のユニークさは欠陥に由来するものであり、私の研究の軸が「欠陥の制御」にあるという点は、研究に取り組み始めた当初から現在に至るまで一貫しています。
アメリカから帰国後、国立研究開発法人(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)に応募、セラミックス膜で水素をつくる仕組みの斬新さが評価され、研究代表者として採択を受けることができました。研究プロジェクト名は「家庭用燃料電池実現のための新たな高効率天然ガス改質システムの構築」。天然ガスから家庭用燃料電池に必要な高純度水素ガスを高効率に製造する技術の開発を目標に掲げ、複数の若手研究者とともに、酸素透過性セラミックスやプロトン導電体を活用した水素製造技術の研究に取り組みました。
すでに実用化されている家庭用燃料電池や燃料電池自動車に見られる通り、燃料電池という技術が脱炭素社会の実現に貢献することは間違いありません。今後も、燃料電池の一方式である固体酸化物形燃料電池(SOFC)の作動温度の低温化(現状は約750℃)に向け、電解質材料や高性能電極の開発、薄膜化技術に取り組むとともに、SOFCの逆作動によって水素を大量にそして高効率に製造するといった技術にも挑戦しているところです。
実際に実験や研究を進めてみると予想とはまったく異なる機能が出たという場面に、材料工学の醍醐味はあります。重要なのは、何かおかしい、理解できない結果が出た時にどう対処するかということ。そこにこそ大きなヒントがあり、新しい展開は生まれるのです。今までにないもの、それまでの自分の範疇を超えたものが出てきた時、なぜそうなったのかをとことん考え、真摯に向き合い続けること。高校生の時に出会った「これからは新素材の時代」という言葉の重みは、今も変わらず私の中に刻まれています。
(図/写真2)
水素エネルギー社会の実現に向けては、固体酸化物形燃料電池(SOFC)のさらなる普及とともに、(燃料電池の逆作動となる)電力で水素を高効率に製造する高温水蒸気電解セル(SOEC)の実用化が鍵となるが、近年、プロトン(H+) 伝導性セラミックスからなるSOFC・SOECの開発が進められている。高村先生の研究グループでは、新しいプロトン伝導性セラミックスを合成し、量子力学に基づく理論計算や核磁気共鳴分光法により伝導メカニズムや原子レベルの構造を解析している。