議論されることもなかった“想定外”の特性。
強く、しなやかで身体に安全な新材料を医療分野へ。


マグネシウム(以下Mg)は、人間を含む動物・植物の生命活動を支えるミネラルの一つであり、食品添加物(にがりや膨張剤など)、医薬品、肥料などに使われる身近な金属元素です。Mgは非常に軽い金属として知られ、前編で取り上げた通り、Mg合金は自動車などの移動構造体への適用検討が盛んに行われています。鉄系材料の一部を代替するマルチマテリアル化して車体の軽量化、すなわち燃費向上させることに大きな期待が寄せられています。

Mg合金には、社会実装・普及を難しくしている様々な特性(課題)があり、次世代材料として活用していくためには、耐食性、耐熱性、耐クリープ性、強度、延性(材料の延ばしやすさ)、靭性(材料の粘りの強さ)などの性質を改善向上させていく必要があります。私が着目したのは、強度と延性のバランスです。少し背景をお話すると、Mgの研究者たちは1970年代に立てられた仮説(Mg合金を引き延ばすことで変形双晶により表面に起伏が発生し、変形・損傷が進み、やがてクラックが形成される)を共有してきました。非常に微視的な振る舞いを観察するには(装置などの)限界もあり、実際に変形双晶がどれぐらい破壊過程に関与しているかなどのメカニズムやその他の役割が明らかにされることはなかったのです。

「~だろう」という仮説を再検討する取り組み、それが私のMg合金研究のテーマでした。ナノメートルオーダーの世界の探究、試行錯誤を積み重ね、ついには早期破壊がMg合金の特定の変形双晶に依存することを突き止めました。その成果はこれまでの知見を裏付け補強するものとして当該分野の研究コミュニティに驚きをもって迎えられました。

さらに挑戦は続きます。Mgの低延性の理由は、結晶構造が稠密六方構造(hcp)であるためです。そこで、チタン合金のように温度を上げることで結晶構造が体心立方構造(bcc)に変化し、熱加工プロセスを用いることで、ニーズに合わせた材料組織設計が可能となるMg合金の創製を目標に掲げ、材料探索を続けました。この試みはこれまでの概念にはないものです。そしてMgにスカンジウム(Sc)を添加した合金(以下Mg-Sc合金)を急冷・熱処理することで、高い強度(Mg基の世界最高硬度)かつ高延性を出現させることに成功しました。さらにはマイナス150℃という極低温下でマルテンサイト変態※1による「超弾性・形状記憶特性」が現れることを発見しました。Mg合金のマルテンサイト変態は、それまで議論の俎上に乗ったことすらなく、大きな反響を呼びました。成果は、世界で特に権威がある学術雑誌の一つ『サイエンス』にも掲載されました。

形状記憶合金は、変形を受けてもすぐに元のかたちを回復する性質(超弾性)を持つもので、すでに眼鏡のフレーム等から医療器具まで幅広く応用されています。これまで様々な形状記憶合金がつくられてきましたが、Mgを主とする超軽量合金の報告は世界初です。現在では、室温でも超弾性を出現させることに成功し、ニッケル-チタン合金をはじめとする既存の超弾性合金並みの性能を有しています。Mg-Sc合金の比重は従来形状記憶合金の1/3以下の世界最軽量超弾性合金という特徴を活かして、軽量化メリットの大きな航空・宇宙分野の材料としての応用が期待できます。

また、Mgは体内では水分と反応して溶けるという生体内分解性があります。Mg-Sc合金は、医療の現場で長年望まれていたものの、誰も実現できなかった“体内で安全に溶けて、形状保持性としなやかな形状記憶機能を両立させる”メディカルインプラントデバイスとして展開できる可能性があります。例えば血管などの狭窄を改善するステントや骨折部を固定するボーンプレートやそのスクリューなどへの応用です。人生100年時代といわれる今、医療機器の高機能・高性能化に対するニーズは非常に高いものがあります。今後は実用化に向け、Mg-Sc合金の組成プロセス、生体適合性などの評価を行っていきます。

――未来を思い描くことはワクワクと心躍るものです。未来技術の思想とビジョンを具現し、イノベーションを支える要素が「材料」です。想像を創造へと変え、未来をつくる材料の力に、ぜひご注目ください。

※1
マルテンサイト変態:合金においては結晶格子中の各原子が拡散を伴わずに、一様に将棋倒しのように移動することにより新しい結晶構造となる変態。名称は、ドイツの冶金学者のアドルフ・マルテンスにちなむ。
(図/写真2)

(図/写真2)「Mg-Sc合金の形状記憶特性は、世界初の発見であり、学術的にも大きなインパクトを与えました。最近は、室温での発現に成功し、超弾性回復ひずみ量を約6%まで上昇させ、既存材料と遜色のない性能が得られています。その上、生体内分解性がありますから、これまでの常識では考えられなかった医療機器の創製につながります」と安藤准教授。

取材風景
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