“グリーン水素”製造の基幹技術・アルカリ水電解。
高効率な電極材料探索、画期的な成果。
今年(2020年)年10月、日本政府は「2050年までに温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする※1」と宣言、「脱炭素社会」へ大きく舵を切りました。続いて12月には、脱炭素の方策のひとつとして「ガソリン車ゼロ目標(2030年代半ばから新規販売を制限)」が掲げられました。ハイブリット自動車(Hybrid Vehicle, HV)を含む電気自動車(Electric Vehicle, EV)、燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle, FCV)が、ガソリン車を代替していくことになります。
脱ガソリン車は世界的な潮流ですが、技術開発競争の中でしばしば「バッテリーvs. 水素」などとEVとFCVが二項対立的に語られることがあります。しかし、真に持続可能であるためには、多様なモビリティ・システムの構築が必要であり、それぞれの国のエネルギー事情や環境、社会的受容性などに合わせて選択されるべきだと考えています。
日本は、燃料電池の分野で大きく先行しています。2014年には世界に先駆けてFCVを発売、一方、こちらも世界初の販売(2009年)となった家庭用燃料電池「エネファーム」も普及拡大しています。燃料電池関連の特許出願件数も世界一です。燃料電池は、水素と酸素の化学反応によって電気エネルギーを得るシステムであり、そのプロセスでは二酸化炭素(以下CO2)を排出しません。問題は、水素の生成過程にあります。現在、水素の多くは、天然ガスなどの化石資源から水蒸気改質法などによって得ているため、CO2の発生が避けられません。製造時のCO2排出量を大幅に低減させた「CO2フリー水素」インフラの構築が待ち望まれています。
CO2フリー水素の製造技術は、光触媒による水分解など研究開発段階を含めていくつかありますが、現在のところ「再生可能エネルギー由来の電力を利用して水を電気分解して生成する方法※2」が最も現実的とされ、この方法により製造された水素は「グリーン水素」と呼ばれています。水電解技術のなかでも電解液に強アルカリ水溶液を用いた方法は、大規模水素製造用としてすでに工業分野での実績があります。しかし、グリーン水素の場合、太陽光や風力といった出力変動(ゆらぎ)の大きい電力を使うことになるため、電極※3、特にアノード(酸素発生反応)材料の活性・耐久性向上が大きな課題となります。またコスト削減、さらには金属資源量という視点でみればレアメタルの使用量を減らしていくことも重要です。
これまでアノード触媒材料としてはニッケルやニッケル系合金、鉄などが使われてきました。私が新規材料探索のターゲットとしたのがステンレス鋼です。まずは数多くある市販製品の触媒特性を一つひとつ評価し、試料として用いるステンレス鋼を選定。次に、表面にさまざまなレアメタル元素をアークプラズマ蒸着法によって堆積させ、酸素発生反応を評価しました。…ですが、期待した結果は得られませんでした。
数々の試みが霧散と思いきや、表面に電気化学的な酸化処理だけを施したステンレス鋼基板が特異な振る舞いをみせてくれました。時間の経過とともに酸素発生特性が向上していたのです。組成分析を行ったところ、Ni-Fe水酸化物を主成分とするナノファイバー層が“自己組織的に”成長していることがわかりました(図/写真1)。Ni-Fe水酸化物は最も優れた酸素発生触媒の一つであり、レアメタルを使わずに簡便なプロセスで高活性な触媒ナノ構造が生成されたことになります。新しいアノード材料の大きな可能性を示した画期的な成果です。
- ※1
- 「全体として」とは、排出自体を抑制するだけでなく、排出された二酸化炭素を分離・回収して地中に貯留するなどして、差し引きで実質的にゼロを達成しようという考え方。CO2排出量とCO2吸収量のバランスが取れて中立な状態、カーボンニュートラル。
- ※2
- 2020年3月、福島県浪江町にメガソーラー(大規模太陽光発電所)を併設した水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)が開所した。
- ※3
- 水の電気分解とは、水から水素と酸素を作る反応(H2O→H2+1/2O2)をいい、酸素を生成するアノード反応(2OH- → 1/2O2 + H2O + 2e-)と、水素を作るカソード反応(2H2O + 2e- → H2 + 2OH-)に分けられる(反応式はアルカリ水電解の場合)。アルカリ水電解装置の普及拡大に向けて高性能で低コストなアノード材料の開発が急務とされている。
(図/写真1)ステンレス鋼に特定の電解処理を行うことにより水電解酸素発生反応に高い活性を示す触媒ナノ構造が生成できることを発見。これにより水電解水素生成装置の高効率化、低コスト化が期待される。「現在、再生可能エネルギー由来の電力を用いた環境など、実用模擬環境での耐久性について調査しており、実用可能性を探っています」と轟先生。