生体材料が医療の現場で実装されることの難しさ。
役立つ、応用される研究を目指して、一途に。


私が取り組む医用材料は、人体やその構成要素と直接あるいは間接に接触させて、傷ついたり失われたりした組織や器官の治療を行ったり、または補ったり置き換えたりするものです。それが実際に医療の現場で使われるようになるまでには、材料の機能性、安全性、生体適合性はもちろんのこと、薬機法、需要予測、製造供給体制といった要素をすべてクリアしなければなりません。ハードルは高く、その数も多いのです。しかし、私の恩師は「(研究成果は)応用されなければ意味がない」と明言される方で、その教えは私の研究ポリシーになっています。

幸運なことに、私は自分の研究成果が、臨床の現場で使われる瞬間に立ち会ったことがあります。もちろん医療行為は行えませんが、デバイスの使い方をドクターに説明するなどし、経過観察、評価に取り組みました。このように私たちの研究は、医学と工学の融合によって推し進められていくものですが、研究者それぞれがまったく異なる学問背景を有していますから、きめ細かなコミュニケーションを前提に置かなければなりません。虚心坦懐に謙虚に、相手の話に耳を傾ける姿勢が必要です。

これからの研究ターゲットとして私たちが掲げるのが「バイオアダプティブ材料」です。これは国の科学技術戦略の柱として、重点的に取り組むべき研究開発課題としても挙げられています。前述のように医用材料は、生体適合性が大きな課題となります。これまでは生体が“異物を異物と認識しないように騙す”アプローチや、逆に直接的に一体化・結合させるような方法(例:骨とチタン製の材料)が盛んに研究されてきました。バイオアダプティブ材料は、そうした“なじませ方”から発展させて、生体と材料の間の相互メカニズム、つまりお互いの応答や現象を活用しながら制御していこうというものです。双方向のコミュニケーションを成立させた、その名の通り適応性のある(アダプティブ)生体材料というわけです。

生体環境に適応して、生体分子シグナルや電気シグナルといった相互作用を活用し、機能を発揮する材料を設計・創製するためには、様々な特性をもつ高分子、無機、金属などを対象に探索し、必要に応じて複合するなどの技術が必要です。そのためには研究ゴールを明確にして、目的達成のためには何をなすべきかを考えていかなければなりません。日本は生体材料研究に関しては世界トップレベルです。先行研究・知見を積極的に取り入れていくことも重要でしょう。医療のニーズと工学的な可能性を結ぶことが、私たちの研究的使命といえます。

研究は、うまくいかない時、しんどい時のほうが圧倒的に多いのです。仮説を立てて、実験を重ね、結果やデータが見せてくれるものに目を凝らし、あらゆる可能性を考えてゆく……それは推理とともに、事件の現場で五感を研ぎ澄ませ、入り組んだ伏線を解いてゆく推理小説のようです。しかし、フーダニット(Who done it = 誰が犯行を行ったか)が核である推理小説とは大きく異なり、研究は携わる一人ひとりが当事者。事件も実験も“現場”が始まりですが、研究には小説のように最後に謎解き、真相が用意されているわけではありません――終わりなき挑戦、それが私たちの研究なのです。

(図/写真2)未入稿

(図/写真2)細胞からシグナル(生体分子シグナルや電気シグナル)を受け取り材料が応答する、材料から細胞に働きかけ、細胞が機能する、そんな双方の相互作用(コミュニケーション)ができる機能をもつ生体材料(バイオアダプティブ材料)の開発を目指しています。

取材風景
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