世界初、閉じたき裂を映像化。
安全・安心に向けた高度な要請に応えていく。
「超音波」とは、一般には20kHzを超える人間の耳には聞こえない高い周波数をもつ音のことです。私たちが耳で聞く音との物理的な違いはありません。超音波は直進性に優れ、物体内部を計測できる(分解能が高い)、人体に無害などの特徴があります。医療の分野では応用・実装が進んでおり、超音波検査などに利用されていることはご存知のことと思います。また、工業分野でも割れ状の欠陥(き裂など)に高感度であることから、金属の検査には幅広く利用され、より難しいコンクリートの非破壊検査に利用しようという研究も始まっています。一方で、厳密な安全性の評価が求められる発電所などの“現場”からは、より高い信頼性と精度で欠陥を計測したいという高度な要請があります。
超音波が内部を計測する仕組みは、簡単に言うと「やまびこ」と同じです。通常のき裂では、き裂面の間にある空気層と周囲の母材との音響特性の差によって超音波が散乱・反射するので、検出やサイズ計測ができるというわけです。ここで問題となるのが、き裂面がくっついたり塞がれたりしているために超音波を通過させてしまう“閉じた”き裂です。過小評価や見逃しの原因となります。
私は、閉じたき裂にアプローチする方法として非線形超音波法に注目しました。大振幅超音波の入射などにより閉じたき裂自体を開閉振動させ、その部位で発生する特異な散乱波、すなわち高調波やサブハーモニック波(分調波)といった非線形成分を計測・解析します。すると高調波よりもサブハーモニック波が分解能やコントラストに優れることがわかりました。こうした知見に基づいて、大振幅超音波の発生技術とフィルタ処理を採用したフェーズドアレイとの融合により、閉じたき裂の映像法(SPACE:Subharmonic Phased Array for Crack Evaluation)を開発しました。『SPACE』は、き裂の非線形超音波計測における世界で初めてのフェーズドアレイ映像法です。フランスの会社と共同で製品化もされています。
この『SPACE』は私の博士論文でもあるのですが、これを初めて国際会議で発表した時のことは忘れられません。反響はとても大きく、私のポスターには人垣ができ、多くの研究者が興奮の面持ちでいろいろな質問をしてきました。こうした得難い経験があるからこそ、私たち研究者は厳しく困難な営為=未知の探究を続けられるのだと思います。
超音波探傷の研究には、①超音波を発生または受信するセンサ(探触子)、②計測ならびにデータの解析方法、③き裂を持つサンプル、の3つが必須ですが、私たちの研究室ではすべて独自の技術で、外部から調達することなく自前で用意することが可能です。特にサンプル製作の技術は、研究室発足以来、脈々と受け継がれてきたもので、こうした地道な取り組みが世界に問う研究を支えてくれています。
最近のチャレンジングな研究として、熱応力(温度差)を利用した映像法(GPLC:Global Preheating and Local Cooling)があります。これは事前に計測箇所を広域加熱(50℃)してからマイナス55℃まで冷却可能なスプレーで局所的に冷やすことで、安価で簡単に閉じたき裂を映像化する方法です。また、超高速映像法(1秒間に10万枚の超音波映像を取得可能)を取り入れた新たな計測法の開発にも取り組んでいますが、これも世界初の試みです。研究者コミュニティからは「してやられた」という声も上がりました(笑)。彼らは良きライバルでもあり、研究の原野を共に歩む同志でもあります。
世界で誰も見たことのない成果に出会えること、これが研究の醍醐味でしょう。が、多くは失敗やしくじりの連続です。それでも仮説を構築して、あるいは直感に従って、コツコツと検証・再評価を繰り返すことでしか、前途は開かれません。難しいことに直面した時に乗り越える能力やマインドを育むには研究が最も適しているかもしれませんね。仕事や研究との向き合い方には、人それぞれの多様性が認められるべきだと思いますが、それでも私は、粘り強く取り組み続けたその先に、見えなかったことが見えてくると信じています。
(図/写真2)「『SPACE』では、大振幅超音波を入射することで、き裂面を開閉振動により非線形成分(サブハーモニック波)を発生させ、これをセンサで受信します。サブハーモニック波は、高調波に比べて、高い分解能とコントラストで閉じたき裂を映像化できます。一方、発生原理が高調波に比べて複雑であり、未解明の部分も残っていますが、その中に新たなブレイクスルーのきっかけが隠れているかもしれません」と小原先生。