大型部材を創る単結晶技術の開発に成功。
次なる挑戦は、鉄系の超弾性合金。
日本及びその周辺では、世界で発生する地震の約1/10が起きているといわれています。海溝型地震などを引き起こす複数のプレートに囲まれ、また内陸型地震の原因となる活断層の上に暮らす我々の宿命ともいえるでしょう。キャンパスの研究棟のなかで東日本大震災に遭遇し、激しい揺れに恐怖した一人として、特に構造物の耐震性向上は大きな課題であると認識しています。
前編でお話をした超弾性合金は、ゴムのように大きな変形ひずみから回復する機能を持っています。これを制震ブレース※2に利用することで、地震によって大きく変形しても、元の形状に戻す働きや振動エネルギーを吸収する機能も期待できます。事実、米国では高速道路の橋脚に超弾性合金を用いる試みが始まっていますが、材料であるTi-Ni合金の高い加工コストが普及の障壁になっています。
私たちが挑むCu-Al-Mn合金は加工性に優れ、コスト低減も期待できます。この合金の超弾性は「単結晶」において最も優れた性能が発揮されるので、建築・土木の構造材に活用するためにはミクロ組織を制御し、大型部材として使用に耐える単結晶を得る必要があります。試行錯誤の末、私たちはCu-Al-Mn合金が、冷却・加熱といったサイクル熱処理によって巨大な結晶粒(異常粒)を成長させることを見い出しました。そのメカニズムを明らかにするとともに(図/写真2)、熱処理プロセスの最適化を進め、長さ700mmの単結晶を熱処理のみでつくることに成功しました。通常は数十μm~1mm程度の結晶粒ですから、予想をはるかに超える結果であるといえます。2017年にはNature Communications(オンラインの学際的ジャーナル)に掲載され、世界から注目を集めました。単結晶化の主たる製造プロセスは熱処理ですから、量産に向け高度な設備を必要としないことも特筆すべき点です。
Cu-Al-Mn合金を大型超弾性部材として展開していくための性能評価実験は、現在、他大学も含めた産学連携で進められ、優れた耐震性を示すことが確かめられています。早速、建築の総合情報誌で、“これからの建築を変える新技術”として取り上げられました。ごく近い将来、新しい制震技術として皆様の前にお目見えするかもしれません。さらには、国際的な共同研究も実施されています。米国で耐震橋への応用を目指して実施された振動台実験では、橋脚の一部にCu-Al-Mn合金を使用することで大きな振動による変形を抑制し、巨大地震後も継続して供用できることが実証されています。
そして今、次なる挑戦が始動しています。それはさらなる低コスト化が望めるFe系の超弾性合金の研究です。これまで鉄系形状記憶合金の多くは、形状記憶効果は示すものの超弾性が得られず、当該領域の研究開発は遅々として進んでいませんでした。私たちは2つの鉄系合金で、世界で初めて超弾性を得ることに成功しています※3。鉄系超弾性合金のフィールドに一石を投じる成果に刺激されたかのように世界中の研究者が探索/開発レースを繰り広げています。
前編の冒頭、新材料開発は“深い闇の中、未開のフロンティアを旅するようなもの”と言いました。私がこれまで取り組んできた新材料研究の試みのほとんどは失敗に終わっています。研究に苦労と挫折は付き物ですが、時にそれらを補って余りある喜び、思いがけない発見や成功をもたらしてくれます。だから研究は面白いのですね。そして新材料が実用に供されたときの産業界や市場経済に与えるインパクトも非常に大きいものがあります。技術革新をドライブさせる材料開発を目指して、私たちはこれからも旅を続けます。
(図/写真2)幾度となく実験を繰り返し、熱サイクルの温度、回数の最適化を図った。高温サイクル熱処理の後に、低温サイクル熱処理(740℃⇔500℃)を4回繰り返して異常粒成長の駆動力を増大させ、φ15㎜、長さ700㎜の単結晶の棒材を得ることに成功した(写真上)。
- ※2
- 制震ブレース:ブレースとは鉄筋やアングルなどの型鋼でつくられた補強材のことをいう。摩擦ダンパーと鋼製ブレースで構成される制震ブレースを、既存の鉄筋コンクリート系建築物の外壁面にV字型もしくは逆V字型に設置することで、地震エネルギーを摩擦ダンパーが吸収し、水平変形を小さくすることによって耐震性能を向上させる。
- ※3
- 大森先生らが「Shape Memory and Superelasticity」誌に投稿した論文「Martensitic Transformation and Superelasticity in Fe–Mn–Al-Based Shape Memory Alloys」が、「Editor's Choice article 2017」に選ばれている。