新材料を使った医療デバイスを開発。
実用化の壁を乗り越え、製品として市場へ。


実は今、材料開発はかつてないほどの注目を集めています。世界を舞台にした技術競争の中で、これまでにない新しい価値(工業製品など)を提供していくためには、新しい機能や性質をもった材料が必要というわけです。また、新材料の登場が、イノベーションをけん引する原動力となることもあるでしょう。材料は、私たちの社会や暮らしを大きく変える源泉です。

複数の元素の組み合わせ(とその比率)によってつくられる材料の可能性は無限にあります。新材料開発は“広大な未開の土地で、目的地を探す旅のようなもの”とたとえられます。実際に研究に携わる私の実感としては、冒頭に「暗闇の」と付けたいと思うほどです。しかし、「地図」を旅の供とすれば、心強く感じるのではないでしょうか。材料開発で「地図」に相当するのが「状態図」です。

「状態図」はごく簡単に説明すれば、複数の元素から構成される材料について、温度や圧力、元素の混合濃度に対する材料の状態をまとめた図です。濃度や温度、圧力などの状態量に応じて、どの相が安定になるかがわかります。特に合金研究において重要となる基礎情報です。実験と計算の両輪によって推し進める“状態図の決定”は、私たちのコアとなる取り組みです。

その状態図から独自に探索した「Cu-Al-Mn合金」は、私が本格的に研究を始めた学部4年生から格闘している材料です。その研究の背景について少しお話ししましょう。

みなさんは形状記憶合金という言葉を聞いたことがあると思います。この合金には、変形させた材料を温めると元の形状に戻る形状記憶効果と、ゴムのようにしなやかな“超弾性”の性質があります。超弾性を持つ合金は、大きな変形を与えても力を除けば元の形に戻る性質を持っていて、さらに、大きく変形させたときでも、わずかに変形させたときでも、復元するときに出す力はほぼ同じという特徴があります。この性質を利用して、歯列矯正ワイヤーやメガネフレーム、ステント※1などに利用されています。現在、その材料のほとんどはTi-Ni合金です。半世紀以上の歴史を持つTi-Ni合金は、実用に求められる優れた機能を持つ一方で、高コストで、加工・切削が難しく、複雑な形状には応用できないという弱点がありました。

私が継続してその性能の向上に取り組んできたCu-Al-Mn合金は、優れた超弾性に加えて、加工がしやすいという特徴を持っています。高加工性を活かすデバイスとして巻き爪矯正器具のアイデアが生まれ、産学連携の共同研究、そして医療機関での検討を経て、2011年から医療機関で利用されています。2018年からはドラッグストアでの販売も始まっています。研究室のメンバーと巻き爪矯正デバイスを設計し、Cu-Al-Mn合金を使って100個以上のプロトタイプを自作したのも懐かしい思い出です。薄板の一部を曲げて小さなフックをつくり、爪を引っかけるようにした形状は、高い加工性が成せる業。本デバイスの試用に協力してくださった方からの評判はすこぶる良好で、開発者としての喜びと醍醐味を感じたものです。

現在のところ超弾性合金はごく小さい製品への実用に限られています。しかし、例えば大型構造部材として耐えうる性能を持つ合金が開発されれば、様々な分野での革新につながります。私たちが開発に成功した「大型単結晶Cu系超弾性合金」は、建築や土木の構造材としての応用展開を視野に入れる画期的なものです。次のページでご説明しましょう。

(図/写真1)Cu-Al-Mn合金の研究成果『大型単結晶超弾性合金の開発と制震構造への応用展開』(東北大学・貝沼亮介教授、株式会社古河テクノマテリアル・喜瀬純男氏、京都大学・荒木慶一准教授(現・名古屋大学教授)と共同受賞)が「第32回独創性を拓く先端技術大賞」(フジサンケイビジネスアイ主催)の産経新聞社賞を受賞。授賞式にご臨席されていた高円宮妃久子さまに研究成果をご説明申し上げた。写真提供:産経新聞社

(図/写真1)Cu-Al-Mn合金の研究成果『大型単結晶超弾性合金の開発と制震構造への応用展開』(東北大学・貝沼亮介教授、株式会社古河テクノマテリアル・喜瀬純男氏、京都大学・荒木慶一准教授(現・名古屋大学教授)と共同受賞)が「第32回独創性を拓く先端技術大賞」(フジサンケイビジネスアイ主催)の産経新聞社賞を受賞。授賞式にご臨席されていた高円宮妃久子さまに研究成果をご説明申し上げた。
写真提供:産経新聞社

※1
ステント:血管、気管、食道など体内の管状の部分を内側から広げるために使う医療機器。多くの場合、金属でできた網目の筒状のもので、治療する部位に応じたものを留置する。
取材風景
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