様々な出会いに学び、培われた視野。
広く高く見渡すマインドは、可能性を拓く力に。
テラヘルツ波とは、1テラ※2ヘルツ前後の周波数※3を持つ電磁波で、光と電波の中間帯に位置しています。ちなみに現在、携帯電話に割り当てられている周波数帯は、700MHzから3.5GHz。仮に1GHzとしても、テラヘルツ波は1000倍の振動数があることになります。テラヘルツ波は、光のように屈折/反射する性質や、電波のように物質を透過する特性を併せ持ち、応用・実用化に向けて多くの可能性が示唆されながらも、発生と検出が難しく、長らく研究開発の空白地帯になっていました。光としてはエネルギーが小さすぎるため、従来のレーザーでは放射させることができず、逆に電波としては周波数が高すぎるため、電子デバイスによる発生は難しいというわけです。
私が初めてテラヘルツ波の発振に成功したのは、博士後期課程を修了し、1年間のポスドク生活の後、助手として研究をしていた頃でした。テラヘルツ波の高出力発生が理論的には可能であると考えた半導体結晶GaP(ガリウムリン)と2本のレーザーを使って実験していたのですが、来る日も来る日もオシロスコープ(計測機器)がテラヘルツ波の発生を示すことはなかったのです。原理的には可能であるとわかっていたのですが、なかなかうまく行かない。ならばビームの入射角度をすこしだけ変えてみようと思い立ったのですね。結果は吉。オシログラフの振り切れた垂直軸(テラヘルツの大出力発生)は、今も記憶に鮮やかです。2002年7月10日のことでした。
最近、私たちの研究グループは、そのテラヘルツ波を用い、目視ではわからないプラスチック内部のゆがみを非接触・非破壊で診断する技術を開発し、メディアで大きく取り上げられました。廃プラスチックは再利用が進んでいるイメージがありますが、マテリアルリサイクル(材料としての再生利用)は、全体の約2割に留まっています※4。特に産業界から排出されるプラスチックの循環利用は確立されていません。一方、これからの時代は、社会インフラの高耐久・長寿命化と維持管理の効率化が求められていきます。この診断技術は、発電所や大型プラントなど重要施設の健全性の評価にも大きく役立ちます。私たちが開発したテラヘルツ波光源は、半導体結晶GaPと2種類の赤外線を用いるだけのもので、装置は小型で持ち運び可能な大きさにもなります。現場ですぐに調査できる機動力も売りです。
進学先として東北大学工学部に興味を持ったのは、高校生の時に観たドキュメンタリー番組『電子立国 日本の自叙伝』(NHKスペシャル)がきっかけです。この作品は、米国との技術競争の果てに、日本が半導体王国になっていくまでの歴史を追ったものですが、研究開発の面で重要な役割を果たした大学として本学が取り上げられていました。実験の方法がとてもユニークで、確かバケツのようなものに超微細な穴をあけて、(水が流れ出ることによりごくわずかですが)一定の速度で変化する液面を活用して結晶を創っていました。世界の半導体研究の最前線を、アイデアと創意工夫によって切り開いていく研究者たちの気概と情熱を感じたものです。常に新しい価値を創造し、世に問うていく姿勢は、本学の伝統といえるかもしれません。
バックパック一つ背負って、海外を旅したのは学生時代の良い思い出です。言葉を含めて、異なる文化の中に身を置いたことも貴重な体験でしたが、同じように一人旅をしていた日本人の学生、それも文系や芸術系など全く異なる専攻の人たちと話ができたのも得難いものでした。どんなことを勉強していて、どんな夢や目標を持っているかなどを語り合い、それまでは持ち得なかった視点を培うことができました。一つの価値観に縛られずに、高い視座、広い視野を持つことの大切さは、現在、学生さんを指導するアドバイザー教員という立場になってみて、その必要性を深く感ずるところです。
学生時代は、様々なことに思い悩み、立ち止まってしまうこともあります。そんな時、新しい可能性を示し、将来の道を柔軟にとらえることの大切さを説くことが、教員として、また先輩としての役割であると任じています。実際にマテリアル・開発系出身の卒業生は、広範な知識と研究マインド、人脈を生かして社会のいろいろな分野で活躍しています。本学部にルーツを持つ人材が、かつて電子立国をけん引する原動力となったように、これからも科学技術立国を支える活力であり続けると信じていますし、私もその一翼として未来を志向し続けたいと思っています。
- ※2
- テラ:10の12乗(=一兆)を意味する国際単位系(SI)における接頭辞のひとつ。Tと表記する。
- ※3
- 周波数:電気振動(電磁波や振動電流)などの現象が、単位時間(この場合は1秒)当たりに繰り返される回数のこと。単位はヘルツ:Hz。例えば10ヘルツとは、波(山と谷で1組)が1秒間に10回繰り返されることをいう。
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- 『プラスチックリサイクルの基礎知識2017』一般社団法人プラスチック循環利用協会
(図/写真2)今年(2017年)3月、小山研究室、そして前身の須藤研究室と合同で同窓会を開催。発起人として、名を連ねました。現役学生も参加して、新旧が交流する好機となりました。有機的につながる人的ネットワークを大切にしていきたいと思っています。