世界初! 結晶の分子間に働く力を測る。
次世代の半導体開発のバックボーンに。


先週(2017年10月31日)、うれしいニュースが飛び込んできました。AIP(American Institute of Physics:米国物理学協会)から“日本の研究者たちが、結晶の微視的な層を分離するために必要な力を測定する世界初のシステムを開発、半導体開発に恩恵”というプレスリリース(報道機関向けの情報)が発表されました。その中に登場する“日本の研究者たち”とは、私を始めとする小山研究室のメンバー。学術雑誌『Journal of Applied Physics』に投稿した論文がハイライトされたものです(論文タイトル:Effect of adding Te to layered GaSe crystals to increase the van der Waals bonding force)。

プレスリリースの大見出しは“Opening the Van der Waals’Sandwich”。「ファンデルワールス力」は、高校の化学で登場しますね。ごく簡単に説明すると、材料を構成する分子の間に働く弱い引力や相互作用=分子間力の一つです。ちなみに爬虫類のヤモリは、壁や天井、ガラスのようにつるつるした表面の上でも進むことができますが(dry adhesion:乾燥接着)、これはファンデルワールス力による物理吸着力を利用しているのではないかといわれています。私たちがチャレンジしたのは、長らく困難とされてきた層状化合物における結晶結合力の直接測定。これは冒頭にもある通り、今後の半導体開発のカギとなるものです。その背景を少しお話ししましょう。

近年、グラフェン※1研究の進展に刺激されるように、2次元の積層構造を持つ層状物質に熱い注目が集まっています。層状物質は,共有結合やイオン結合のような強い結合により形成されている単位層が、弱いファンデルワールス力を介して積層したケーキのミルフィーユのような構造を持っており、雲母やグラファイトなどの天然鉱物だけでなく、潤滑材料でもあるMoS2 (二硫化モリブデン)があります。層状物質は、その2次元構造に起因する特徴的な物性を有しており、オプトエレクトロニクスにおける新規な高性能材料としての応用が期待されています。これらの材料がもつ機能をデバイスに活用するため、人工的に合成する層状化合物の研究が進められています。これまでに数多くの層状化合物が創られていますが、中でもGaSe(セレン化ガリウム、13族カルコゲナイド)結晶は、次世代の半導体材料の有望株と目されています。しかし、結合強度が低い、つまり機械的な特性が弱いという課題が、デバイスとしての実用化においてあったのです。

私たちの研究グループでは、GaSeのSeを微量のTe(テルル)で置き換えることによりファンデルワールス結合力を強化させるのではと考えました。そこで、添加割合を変えた3種のGaSe結晶試料を作製(添加なし、0.6%、10.6%)し、新たに開発した独自の装置(図/写真1)で、引張強度を直接測定。そしてTe添加の大きな効果を確認することに成功しました。試験装置はL型アングルを2つ組み合わせるというシンプルなものですが、層が剥がれるときの力を正確に測ることができるものであり、評価方法に私たち独自のアイデアと技術があります。

また最近では、私たちが創製する層状化合物GaSeが、従来の高効率な半導体GaAs(ヒ化ガリウム)に比べ、10倍以上大きなスピン軌道相互作用を示すことが、東北大学の研究者グループによって明らかにされています。層状化合物GaSeは、室温テラヘルツ波発生源としての研究も推し進めています。こちらも私が掲げる研究テーマです。さらに、摩擦を高度に制御することによりMoS2 の単結晶を作り、それを薄膜材料として半導体デバイスやセンサー、触媒表面に応用するチャレンジングな研究にも着手しています。現在、薄膜製造は大規模な装置を必要としますが、この方法は真空装置を使わずに形成するもので、実用化されれば社会・産業に大きなインパクトを与える“ものづくり革命”となります。後編では、電磁波における最後の未踏領域といわれるテラヘルツ波について紹介します。

新たに開発した層状化合物における結晶結合力を測定できる装置

(図/写真1)新たに開発した層状化合物における結晶結合力を測定できる装置

※1
グラフェン:グラフェンは炭素の同素体の一種。炭素原子1個分の厚さしかない平面状の物質(炭素間結合距離は約0.142 nm)であり、炭素原子のsp2結合によって形成されたハチの巣状の六角形格子構造をとっている。物理的に非常に強く、世界で最も引っ張りに強い。電気の伝導度にも優れる材料として期待される。2010年のノーベル物理学賞の受賞テーマとなった。
取材風景
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