役目を終えたら、その場からいなくなる。
そんな“クールな助っ人”が研究ターゲット。
「膝の痛みに〇〇〇〇」、「△△は関節に効く!」といった医薬品や健康食品の商品広告をしばしば目にします。厚生労働省の調べによると、全国の関節症疾病の総患者数はおよそ125万人※1。この数字は医療機関を訪れている人から推定されているので、予備軍あるいは潜在患者を含めるとさらに膨らむとみられています。
関節本来の機能が損なわれ、激しい痛みが出たり、日常生活が困難になったりした場合、関節の表面を取り除いて「人工関節」に置き換える手術が行われます。人工関節置換手術は、世界的にも標準治療として広く普及しており、高齢化や途上国への展開が進むことで、今後ますます増えていくことが予想されています。「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)」を高め、健康寿命を延ばしていくためにも必要な施術です。
人工関節のように、主に生体に移植することを目的とした素材のことを「生体材料(biomaterial:バイオマテリアル)」といいます。人工関節のほか、デンタルインプラントやステント※2、人工骨、人工血管などがあります。骨などの硬組織代替用の生体材料には、強度、耐食性、安全性、加工しやすさといった多くの条件を満たす金属材料が用いられています。私が学部4年生から一貫して取り組んでいるのが-悪戦苦闘といったほうがよいかもしれませんが(笑)-金属系生体材料(人工関節、歯科用インプラント、ステント)の高機能化。いくつかの研究テーマが同時進行していますが、ここではより積極的に組織の再生を誘導する「表面改質」についてお話を進めていきます。
人工骨や人工関節、デンタルインプラントなどの材料のひとつにチタン合金があります。アクセサリーや腕時計、眼鏡、スポーツ用品などにも使われていますから、名前を耳にしたことがあるかもしれません。チタンは力学的な強度と延性(伸ばしても破壊されることなく引き延ばされる性質)のバランスに優れ、高耐食性を備えています。また、毒性が限りなく少なく、拒否反応や炎症を起こしたりしない生体適合性も有しています。
さらに興味深いことには、生体用デバイスとして埋入したチタンと骨組織の間を光学顕微鏡で観察してみると、ぴったりと密着して、持続的に結合している様子が見てとれます。これを「オッセオインテグレーション(osseointegration)」といいます。ちなみにオッセオとは「骨」の意。くっついているだけではなく、生体用デバイスに加わった力は、骨組織に直接伝達されています。チタンが体の一部として“仲間入り”をした状態と表現しても良いかもしれませんね。しかし、このオッセオインテグレーションの獲得、つまり骨組織とチタンが良好な界面を形成するには比較的長い期間を必要とします。近年、チタンをはじめとする金属系生体材料の表面を改質することで、骨との早期接合を目指す方法が模索されています。
さて、骨の主要な無機成分とよく似た組成を持つ材料に「リン酸カルシウム」があります。それを金属系生体材料の表面にコーティングすることで骨の成長を促進させるアイデアは以前から知られていました。しかし、オッセオインテグレーションによってチタンと骨を直接接着させるためには、埋入初期に骨の形成を促したら、コーティング膜は溶けて、生体内に吸収されなければならないのですね。従来の研究では、「役目を終えたら、速やかにいなくなる」ことが十分に達成できていませんでした。この“クールな助っ人”が私の研究ターゲット。組織制御から表面処理、評価までを担っています。
(図/写真1)北京科技大学で研究内容をプレゼンテーションする上田先生。研究室で受け入れている留学生の指導・サポートを担ううちに磨かれたという英語力。「『必要は発明の母』といいますが、『上達の原動力』でもありますね」とは上田先生の弁。
- ※1
- 厚生労働省:平成26年 患者調査(傷病分類編)より
- ※2
- ステント:網目状の小さな金属製の筒で、人体の管状の部分(血管、気管、食道、十二指腸、大腸、胆道など)を内部から広げる医療機器。チタン合金やコバルト合金、ステンレススチールなどでできている。