社会や暮らしを一変させる材料イノベーションの力。
待望される1500℃以上の過酷な環境に耐え得る超高温材料。
昨年3月11日、大地が激しく揺れ、巨大な水塊が津波となって押し寄せました。その光景は多くの人の言葉を失わせ、心をも激しく揺さぶりましたが、それは、“科学の申し子”ともいえる研究者も同じでした。個人的には福島第一原子力発電所の事故を、非常に複雑な思いをもって見つめていました。燃料棒を覆っていた材料として、たびたび報道解説されていた「ジルコニウム」は、正確にはジルカロイと呼ばれるジルコニウム合金のことです。燃料被覆材として非常に優れた特性を持っているため(熱中性子を吸収しにくい)、多くの軽水炉で利用されています(ジルコニウムにスズ・鉄・ニッケル・クロムなどを加えた『ジルカロイ-2』、スズ・鉄・クロムなどを含む『ジルカロイ-4』が実用されている)。実は、ジルカロイ-4は、私が昔卒論で取り組もうとしていた研究テーマでした。事情があり、論文に編むことはありませんでしたが、少なくとも私が学部を卒業した4半世紀以上前から原子炉で使われ続けてきたという事実は、いかにジルカロイが秀でた性質をもっている合金とはいえ、材料イノベーションの難しさを物語っているように思います。
原子力発電所の是非については、さらなる議論が必要なことは言うまでもありませんが、過去において建設が推進されてきた理由として、運転時にCO2を排出しないという特長が挙げられるでしょう。こんにちの環境問題でもっとも重要な課題とされるのが、温室効果ガスによる地球温暖化であり、それは石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料の消費に起因します。また、これらは限りある資源であり、持続可能性の観点からも問題視されています。風力や太陽光などの再生可能エネルギーの導入・活用を積極的に推し進めつつ、一方で、航空機や大型船舶などの輸送機器や火力発電のエネルギー効率※1を向上させることが、化石燃料消費の抑制、ひいてはCO2排出の低減につながっていきます。
エネルギー効率をアップさせる一番の近道は“温度”です。例えばガスタービンエンジン※2は、運転温度を高めれば高めるほど出力が上昇し、それに伴ってエネルギー効率が向上していくことが理論的にわかっています。しかし、実際のエンジン出力は理想値からかなり低いところに留まっています。なぜか? それはいまだ私たちが越えることのできない“材料”の壁が存在するからなのです。
現在、耐熱材料の主流となっているのはニッケル(Ni)基超合金です。1940年代、欧米諸国で繰り広げられたジェットエンジンの開発競争から生み出されたこの超合金は、それまで使われていたステンレスに置き換えられ、航空機の大型化、高速・高出力化を実現しました。戦闘機の発展をけん引したことは皮肉なことでしたが、まさに“材料”の力を物語っています。
(図/写真1)超高温材料が無冷却・無遮熱で適用された場合のジェットエンジンの出力とタービン入口温度の関係。理想的なタービン出力に近づいていくのがわかる。
その後、航空機の開発は進み、近年の大型の民間旅客機用ジェットエンジンのタービン入口温度は1500℃を越えています。しかし、Ni基超合金の融点はおよそ1450℃しかありません。どうやって使っているのでしょう?実は、Ni基超合金の性能・機能を担保するために、高温の燃焼ガスを空気と混合希釈して強制的に冷却したり、また耐熱性がより優れたセラミックスで覆い、遮熱したりして、超合金が溶けるのを防いでいます。ですから、1500℃以上の過酷な環境下でもそのまま使用できる先進の耐熱材料「超高温材料」の誕生が待ち望まれているのです(図/写真1)。
- ※1
- 燃焼(反応)させるエネルギーのうち、どれだけのエネルギーが回収できるかという比率。
- ※2
- 燃料の燃焼等でつくられた高温のガスでタービンを回して回転運動エネルギーを得る内燃機関。現在ではヘリコプターを含むほとんどの航空機や、大規模火力発電所におけるガスタービン・蒸気タービンの高効率複合サイクル発電(コンバインドサイクル発電)として用いられている。