境界領域研究は、鍛え上げた専門分野に加え、
柔軟で開かれた研究マインドをもつことが大切。


近年、文系・理系それぞれの学問領域に垣根をつくらず、双方の知見や思考を複合してアプローチしていく「文理融合」や学際的取り組みが盛んですが、私自身、工学の分野に身を置くことになるとは想像もしていませんでした。転機は今から7年前。現在所属する研究室の長坂教授が、JST(科学技術振興機構)の研究推進事業に取り組まれることになり、共同研究メンバーを求めて、当時私が師事していた中村教授を訪ねられたことがきっかけとなりました。文系から理系に転ずる、もしくは境界領域での研究を担うことは、非常にチャレンジングなことでしたが、好奇心と意欲のほうが勝(まさ)っていたように思います。見知らぬ土地に分け入ることをいとわない旅好きの性格も、そこには反映されていたのかもしれませんね(笑)。

現在は、大きく2つのテーマを軸に研究を進めています。簡単にご説明しましょう。

(図/写真2)

(図/写真2)

ひとつは、自動車のリサイクルです。現在、使用済み自動車は、自動車リサイクル法によって再資源化と適正な処理※3が義務づけられており、金属部分は、鉄スクラップとして電気炉メーカーなどで再利用されています。自動車の高級鋼材には、希少元素が使われていますが、圧縮成型してそのまま処理されていることで、元素類が散逸拡散してしまっているのが現状です。資源を持たない我が国では、希少元素のほとんどを輸入に頼っていますが、金属部分をソーティングすることで、そうした貴重な資源をある程度回収することが出来ます。まさに“分ければ資源”というわけです。しかし、それにはコストがかかりますし、残渣物処理に伴う環境負荷の問題もあります。誰がどこまで負担するのか――私たちは第三者的視点で、経済的妥当性を含めたいくつかのシナリオを提供し、資源消費と物質循環に望ましいシステムの構築を支援しています。

ふたつ目は、廃棄物からの人工リン資源回収です。リンは動植物に必須の栄養元素であり、農業用肥料として欠かせないものです。日本はリン鉱石の全量を海外依存していますが、世界的な需要の高まりや輸出国の外交政策などにより、今後、安定確保が困難になる事態も起こりえます。私たちは、国内におけるリンのマテリアルフロー分析に取り組んだ結果、製鋼スラグ※4と下水汚泥※5の中に濃縮して残っているリンは、質量ともに輸入リン鉱石と同等であることがわかりました。つまり国内の循環によって輸入に依らずまかなえる可能性があるというわけです。そこでこれらの副産物や廃棄物からリンを回収する技術を検討開発する一方、人工リン鉱石の代替使用に伴って発生する経済影響や環境負荷の定量的な評価を行いました。循環型社会づくりのためには、工学的な解決だけではなく、既存産業への波及効果を十分に考慮しなくてはならず、私が専門とする産業連関分析が大きな役割を担うことになります。

異分野ギャップの有無について問われたら、なかったとは言い切れないところがありますが(笑)、与えられたタスクと締め切りの山をひとつずつ越え、また様々な研究会や共同研究に参画させていただくうちに、成すべきことが見えてきたように思います。幸いにも最近では研究プロジェクトを立ち上げたり、自治体の事業計画に際して専門家としての発言を求められたりする機会も多くなりました。

初めから文理融合の境界領域があるわけではないというのが私見です。やはり自分のバックボーンとなる専門分野をしっかりと鍛え上げることが基本であり、一方では開かれた、柔軟性あふれる進取の研究スタイルをもつことが、ハードル多き異分野融合を乗り越える要諦なのではないかと思っています。もちろん私にとってのハードルも、なくなったわけではありません(笑)

※3
内装材料などを細かく粉砕したシュレッダーダスト、爆発性のあるエアバッグ、オゾン層破壊の原因となるエアコンのフロン類など。これらは処理が困難かつ費用がかかるため、不法投棄などの原因になっていた。
※4
鉄鉱石やコークス(燃料)に含まれるリンは、鉄鋼材料をもろくする不純物。鉄スクラップや鉄鉱石からつくられた溶融鉄は、続いての精錬プロセスで徹底的に脱リン処理が行われる。残渣物として、製鋼スラグが固定される。
※5
リンは、下水道に流れ込む屎尿などにも含まれる。
取材風景
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