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研究成果

4.3%を超える巨大弾性歪みを示す金属を開発 ― 大きな弾性変形の実現で高性能ばね材等への応用に期待 ―

【発表のポイント】

  • バルク銅系合金において金属学の常識を覆す4.3%の弾性歪み※1を超える大きな弾性変形が発現
  • ヤング率※2が25GPa以下で、歪みに対して低い応力のしなやかさを有しながら600MPa以上の引張応力に耐えて元の形状に戻る高強度を実現
  • ゴムのようなバルク金属材料であるため、ばね等の弾性構造材や「弾性歪みエンジニアリング」によるスマート材料としての応用へ期待

【概要】

開発したバルク単結晶銅系合金

開発したバルク単結晶銅系合金

金属材料はあらゆる場面で利用されており、弾性率や強度など用途に応じて適した特性が求められます。特に人工骨、歯科用材料あるいは機械に用いる高性能ばねでは小さい力で大きく伸び縮みする弾性変形特性が求められることがあります。

東北大学大学院工学研究科金属フロンティア工学専攻の許勝特任助教、貝沼亮介教授らの研究グループは、日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター、チェコ科学アカデミー、チェコ工科大学、九州大学との共同研究により、バルク単結晶銅系合金において従来の実用金属より数倍も大きい弾性変形(弾性歪み>4.3%)を実現しました。通常、実用バルク金属材料の弾性歪みは約1%以下であり、本研究成果は画期的です。さらに、本合金では、応力と歪みの関係が直線となるフックの法則が成り立たず、応力の増大に従ってヤング率が小さくなる弾性軟化現象も確認されました。このような非線形※3で大きな弾性変形は、金属学の常識を覆すもので、高性能ばね材等への応用が期待されます。

この研究成果は、2022年9月27日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」 にオンライン掲載され、Editors' Highlightsに選ばれました。

図1 室温引張試験による応力-歪み曲線

図1 室温引張試験による応力-歪み曲線

【研究背景】

現在、世の中の多くの金属材料部材は弾性変形領域で利用されています。中でも、人工骨、歯科用材料あるいはばね等の機械要素部品等において、低いヤング率および高い弾性歪みが求められることがあります。弾性歪みは結晶格子の原子間距離の可逆的な変化によるもので、理論上では10%を超える弾性歪みも予測されていますが、強度に制約され実際の金属材料のほとんどは1%以下に留まっています。さらに、一般的にヤング率の低い材料ほど強度が低く、低ヤング率と高強度の両立が課題でした。

また近年、格子歪みを能動的に制御することで材料の導電性、触媒活性等の物理・化学特性を向上させる「弾性歪みエンジニアリング」が注目されています。しかし、従来のバルク金属材料における最大弾性歪み限界は非常に低く、格子歪みを自由自在に制御することが不可能でした。そのため、大きな弾性歪みを示す新規バルク金属材料の開発が切望されています。

【研究の成果】

研究グループは、以上の背景の下、東北大学が1990年代に開発した銅を主成分とする「銅-アルミニウム-マンガン合金系」に着目しました。本合金系は原子配列が規則化した体心立方構造を持ち、結晶の弾性異方性が極めて大きいという特徴があります。そこで、結晶方位※4 の制御による低ヤング率化と原子の規則配列による高強度化との両立ができれば、大きな弾性歪みが得られると推測しました。なお、本合金系は、サイクル熱処理プロセス※5により数センチから数十センチまでの巨大なバルク単結晶材を簡単に作製でき、低廉に量産可能です。

合金組成の調整と結晶方位の制御を行った<100>方位を有するバルク単結晶材に対して室温での一軸引張試験を行ったところ、4.3%を超える弾性歪みが発現することを確認しました(図1)。今回得られた大きな弾性歪みは、鉄鋼を含むほとんどの実用バルク金属材料より4倍以上大きく、2%程度の弾性歪みを示すチタン系ゴムメタルをも遥かに凌駕します(図2)。また、本合金の<100>単結晶材には、これまでの金属材料の常識と考えられていたフックの法則が成り立たず、非線形な弾性変形挙動が確認されています。引張応力が0から600MPaまで増えると、ヤング率(接線弾性率)は最初の約24GPaから約7.5GPaへ著しく小さくなり、試料が塑性変形せずに柔らかくなります。

このような大きな弾性変形の挙動を理解するために、J-PARCセンター物質・生命科学実験施設※6で引張試験中のその場中性子回折による構造解析を行いました。その結果、本合金における大きな弾性歪みは、結晶中の原子配列が規則化した体心立方構造を保ったまま、結晶の格子が伸縮することに由来することが分かりました。これは従来の形状記憶合金にみられる結晶の相の変化に関与した「擬弾性変形」とは異なり、真の弾性変形と言えます。これにより、繰り返し変形による特性劣化が少ない性質が得られます。

図2 従来のバルク金属材料における弾性歪み限界とヤング率の関係および本合金の位置付け

図2 従来のバルク金属材料における弾性歪み限界とヤング率の関係および本合金の位置付け

【研究の意義、今後の展望】

本研究で発見された大きな弾性変形を示す銅系合金は、従来のバルク金属材料に比較して弾性歪み、ヤング率の点で比類ない特性を有しており、高性能ばね、コネクタ、シール材や精密機械、医療機器等への応用が期待されます。また、その大きな弾性変形を活かすことで、「弾性歪みエンジニアリング」による従来の設計の枠を超えた新しい製品(例えば、歪みを媒介としたセンサー)の創出も期待できます。 今後、東北大学では、実用化へ向け、疲労特性の評価を行い、企業と連携して量産化技術の確立を進めていきます。さらに、ばね材、センサー材等様々な用途への展開を図ります。

【用語解説】

※1)弾性歪み

材料が弾性変形領域において伸びる(圧縮される)場合で、元の長さに対する伸びた(縮んだ)割合を弾性歪みという。一般に、通常のバルク金属材料では1% 以下の弾性歪みを示す。

※2)ヤング率

材料を一軸引張もしくは圧縮で弾性変形させたときの、変形歪みに対する応力の比をヤング率と呼ぶ。一般に、高分子等柔らかい材料では低いヤング率を示すが、金属やセラミック等の腰の強い材料では高いヤング率を示す。

※3)非線形

力と変形量の関係が比例関係にない状態を指す。

※4) 結晶方位

結晶格子の特定の方向を結晶方位という。

※5) サイクル熱処理プロセス

単純な「加熱→冷却→加熱」の熱処理による異常粒成長現象を利用した量産性の高いバルク単結晶作製手法である。

※6) J-PARCセンター物質・生命科学実験施設

茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)内に設置された、物質や生命科学の研究に用いられる実験施設。大強度の陽子ビームを水銀のターゲットに照射してパルス状の非常に強力な中性子ビームを発生させ、中性子回折実験を行っている。

【論文情報】

Title: Non-Hookean large elastic deformation in bulk crystallinemetals
Authors: Sheng Xu, Takumi Odaira, Shunsuke Sato, Xiao Xu, Toshihiro
Omori, Stefanus Harjo, Takuro Kawasaki, Hanuš Seiner,Kristýna Zoubková, Yasukazu Murakami, Ryosuke Kainuma
Journal: Nature Communications 13, Article number: 5307 (2022)
DOI: 10.1038/s41467-022-32930-9

【付記】

本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費(課題番号:15H05766, 18J11979, 18H05479, 21K18802, 22K14498)、公益財団法人ヒロセ財団研究助成金、チェコ科学財団研究費(課題番号:20-12624S)、欧州地域開発基金(課題番号:CZ.02.1.01/0.0/0.0/16_019/0000778)の支援を受けて行われました。また、引張試験中のその場中性子回折実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設の工学材料回折装置「匠」(BL19)を用いて行いました(課題番号:2019A0179)。

【発表者】

東北大学大学院工学研究科:

許 勝(特任助教)、大平 拓実(大学院生 研究当時)、佐藤 駿介(大学院生 研究当時)、許 皛(助教)、大森 俊洋(准教授)、貝沼 亮介(教授)

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター:

Stefanus Harjo(研究主幹)、川崎 卓郎(研究副主幹)

チェコ科学アカデミー:

Hanuš Seiner(研究教授)

チェコ工科大学:

Kristýna Zoubková(大学院生)

九州大学大学院工学研究院:

村上 恭和(教授)

【各機関の役割】

東北大学大学院工学研究科:
発案および研究統括、試料作製、組織観察、機械特性および物性評価、データ解析、論文執筆
日本原子力研究開発機構、
J-PARCセンター:
引張試験中のその場中性子回折実験
チェコ科学アカデミー、
チェコ工科大学:
レーザー超音波法による弾性定数測定
九州大学:
透過型電子顕微鏡による組織観察