【発表のポイント】
- 5pJ(pJは10-12J)程度の超微小な熱エネルギーで MnTe化合物薄膜の原子にわずかなズレが生じることを発見
- その原子のわずかなズレにより電気抵抗や光学特性が大きく変化することを実証
- 10ns級の相変化型デバイス材料として応用期待
超情報社会を支える基盤として、省エネルギーなメモリ素材の開発が求められています。東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の森竣祐氏(博士課程後期1年、日本学術振興会特別研究員)と須藤祐司教授らの研究グループは、MnTe化合物薄膜が、ジュール加熱やレーザー加熱といった高速加熱による多形変化により、大きな電気的・光学的特性変化(電気抵抗:2桁~3桁変化、光学反射率:~25%変化)を生じる事を見出しました。この多形変化は、ある特定の原子面が特定の方向にわずかにずれるだけで実現でき、かつ可逆的に生じるため、超省エネルギーかつ超高速な不揮発型メモリの新しい材料として期待されます。
本成果は、2020年1月3日に英国科学誌Nature Communicationsのオンライン版で公開されました。
図1 MnTe化合物で観察される変位型相変態による可逆的な結晶多形変化.相変態に伴って電気抵抗や光学反射率が大きく変化.
【研究の背景】
IoT (Internet of things)を通じて全ての人とモノが繋がる新たな社会“Society5.0”の実現に向けては、その根幹を担う情報の収集(センサー)や蓄積(データストレージ)を行う電子デバイスの更なる進化が不可欠であり、それを実現する新しい材料の開発が期待されています。それらを実現する新材料として、外場(温度、力、磁場、電場、光など)に対してある特定の応答を示すスマートマテリアルが期待されていますが、中でも、外場に対して応答する材料中の相変態を利用した相変化型の材料が不揮発性メモリやセンサー用材料として注目されています。材料自体の変態現象を直に利用できるので、動作原理が単純でありデバイス素子の微細化が可能です。
材料中で生じる様々な相変態現象の中には、長距離の原子拡散を必要とせず、ある特定の原子面のズレにより結晶構造を変化させる「変位型相変態」と呼ばれる固相から固相への相変態があります。変位型相変態の代表例として、マルテンサイト変態が挙げられます。マルテンサイト変態は、鋼、非鉄合金、およびセラミックなど多くの材料において頻繁に観察され、材料の硬化や強靭化をもたらす事が知られています。また、材料の機械的特性の向上ばかりでなく、形状記憶特性注1や弾性熱量効果注2など、材料に機能性を付与する事も可能です。変位型相変態のもう一つの特徴として、原子のランダムな拡散を必要としないため、変態に要するエネルギーは小さく、また、その変態速度は非常に速く進行します。例えば、マルテンサイト型の変態は、固体中の音速(~1000m/s)ほどの速さで生じるとも言われています。もし、大きな物理的特性の変化(例えば、電気、光学、磁気物性変化)を伴った変位型相変態が実現できれば、データストレージ用の不揮発性メモリ注3やセンサーなどの超省エネルギー化および超高速化が期待できます。
【研究の内容】
今回、森竣祐氏、須藤祐司教授らの研究グループは、結晶多形化合物であるMnTeに着目し、変位型相変態に伴って大きな電気的および光学的物性変化が得られる事を見出しました(図1)。特に、MnTe多結晶薄膜は10ns程度の高速ジュール加熱により可逆的な抵抗スイッチング現象(相変態により二桁以上の抵抗変化を示す)を示し、また、ランダムな原子拡散を必要としないため、相変態に必要なエネルギーは極めて小さい特徴を持ちます。現在、Ge-Sb-Te薄膜注4のアモルファス相/結晶相の相変化に伴う抵抗変化を利用した不揮発性相変化メモリ注5が注目されていますが、それらメモリに対し、動作エネルギーを1/20程度まで低減できる事を実証しました。更に、MnTe膜の光反射率がレーザー加熱によっても可逆的に変化することも分かりました(図2)。透過型電子顕微鏡による原子像観察の結果から、電気的および光学的物性変化はいずれもNiAs型構造からウルツ鉱型構造への変位型相変態による多形変化によって生じている事が明らかとなり、また、その変態は熱応力(熱ひずみ)により誘起されることが示唆されています。
本MnTe結晶多形薄膜は、一般的なスパッタリング技術によって作製可能であり、超省エネルギーかつ超高速動作を可能とするデータストレージ用の不揮発性相変化メモリだけでなく、相変化型のフォトニックメモリやナノディスプレイ等のメモリ層として、また、電気的および光学的なセンサー材料としても大いに期待できます。今後は、変位型相変態に及ぼす応力(ひずみ)の影響やその動作メカニズム、また、相変態の耐久性について明らかにしていく計画です。
図2 MnTe化合物を電極で挟み込んだメモリ素子を作製し、可逆的な電気抵抗スイッチング現象を実証.また、レーザー加熱による光学反射率変化も確認。これら物性変化は変位型相変態により生じるため、超省エネルギーかつ超高速動作を可能とする不揮発性メモリや光学センサーなどへの利用が期待.
本研究は文部科学省 科学研究費補助金 (15H05699、15H02099、15H05854、18H03880)等の支援を受けて実施しました。
タイトル: Reversible displacive transformation in MnTe polymorphic semiconductor
著者: Shunsuke Mori, Shogo Hatayama, Yi Shuang, Daisuke Ando, Yuji Sutou
掲載誌: Nature Communications
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-019-13747-5
注1:形状記憶特性
材料中の相変態に付随して、材料形状が回復する現象を指します。一般的に、熱で形が元に戻る形状記憶効果と応力の負荷・除荷によってゴムのように形状が回復する超弾性効果があります。
注2:弾性熱量効果
材料への応力の負荷・除荷に付随した相変態(結晶構造変化など)に応じて、発熱や吸熱が生じる効果を指します。断熱環境下で材料を変形させることによって、この効果を利用した熱交換が可能となります。
注3:不揮発性メモリ
たとえコンピュータの電源を切ってもデータ(情報)を記録保持(ストレージ)しているデバイスの事を言います。
注4:Ge-Sb-Te薄膜
Ge-Sb-Te薄膜は、アモルファス相と結晶相間の相変化に伴って大きな反射率変化や電気抵抗変化を示します。また、その相変化の速度は数十nsオーダーと高速な動作を示します。それ故、光記録ディスクや不揮発性メモリのメモリ材料として実用されています。最近では、DRAMとフラッシュメモリのアクセス時間の差を埋めるストレージクラスメモリ用のメモリ材料として期待されています。
注5:不揮発性相変化メモリ
Ge-Sb-Te薄膜に代表される相変化材料のアモルファス/結晶相変化に伴う電気抵抗変化を利用してデータを記録するメモリの事を指します。データの書き換えは、電気パルスによるジュール加熱により行いますが、Ge-Sb-Te薄膜は、相変化に大きなエネルギーを要するため、Ge-Sb-Te薄膜を用いた相変化メモリは動作電力が高いという課題を抱えています。
リンク先:
東北大学
東北大学 工学研究科・工学部