ニュース

研究成果

スピン軌道相互作用の符号反転に成功
- スピン電場操作の新たな自由度開拓 -

【発表のポイント】

  • 半導体結晶構造に起因したDresselhausスピン軌道相互作用の符号反転を観測
  • スピン干渉効果を用いてスピン軌道相互作用の有効磁場異方性を検出
  • 電場操作スピンデバイスの自由度と柔軟性向上に大きく貢献

【概要】
長澤 郁弥(東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了)、新田 淳作(同 教授)らの研究グループは、Diego Frustaglia(スペイン・セビリア大学 教授)の研究グループと共同で、スピン干渉効果の異方性を実験と理論から詳細に調べた結果、半導体InGaAs二次元電子ガス中のDresselhausスピン軌道相互作用(註1)がゲート電圧によって符号反転することを見いだしました。

スピン軌道相互作用は電子スピンに有効磁場として作用するため電場操作を可能にします。従って、電子スピンに作用する磁場の大きさとその向きも電気的に制御することが可能になります。本研究成果は、ヘテロ界面の電場に起因したRashbaスピン軌道相互作用(註2)と組み合わせることにより、スピン緩和抑制などさらに自由度の高いスピンの電場操作が可能となり、スピントロニクスなどに大きく貢献することが期待されます。

本成果は、2018年12月4日に米国科学誌「Physical Review B」にオンラインで公開されました。なお、本研究は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業の助成を受けて行われました。

【研究背景】

電子スピンは微小な磁石の性質を持つことから、従来磁場をもちいてスピン生成・制御・検出が行なわれてきました。近年、電子の持つ「スピン」の自由度を電気的に操作することにより、新しい機能を備えたスピントロニクスデバイスの開発が精力的に行われています。スピン軌道相互作用は、電子スピンが電場中を運動することにより、電場を磁場に変換する相対論的な効果であることから電場によるスピン操作を可能にします。これまで、半導体量子井戸の電場に起因したRashbaスピン軌道相互作用を用いて、電子スピンの電気的生成・回転制御・検出が実現されています。一方、1950年代Gene Dresselhausによって提案された、結晶構造反転対称性に起因するスピン軌道相互作用は材料固有の値であると考えられてきました。

【研究成果】
図1にInGaAs半導体量子井戸をもちいて作製したスピン干渉デバイスを示します。多数のリング列を伝搬する電子スピンの位相をRashbaスピン軌道相互作用により制御し電気伝導測定からスピン干渉を電場操作出来ることを実証してきました。Rashbaスピン軌道相互作用とDresselhausスピン軌道相互作用が共存すると、二つ併せたスピン軌道相互作用の作る全有効磁場の強さは異方性を持ちます。図2に示すように面内磁場の方向を変化させることにより、スピン干渉効果の振幅が変化し、この有効磁場の異方性を観測することが可能です。図3は、リング列に印加するゲート電圧によりRashbaスピン軌道相互作用を変化させるとスピン干渉効果振幅の異方性が反転することを見いだしました。また、この時のゲート電圧はRashbaスピン軌道相互作用の符号は変化していないことを確認しています。図3で観測されたスピン干渉効果の異方性反転は、Dresselhausスピン軌道相互作用の符号が反転したことによって生じたものであることを理論と比較(図4)することにより突き止めました。

図1 スピン干渉デバイス

図1 スピン干渉デバイス

図2 スピン干渉効果振幅の面内磁場方向依存性

図2 スピン干渉効果振幅の面内磁場方向依存性

図3 スピン干渉効果異方性の反転

図3 スピン干渉効果異方性の反転

図4 Dressehausスピン軌道相互作用の作る有効磁場方向とRashbaスピン軌道相互作用を組み合わせた全有効磁場の強さの異方性

図4 Dressehausスピン軌道相互作用の作る有効磁場方向とRashbaスピン軌道相互作用を組み合わせた全有効磁場の強さの異方性

本研究結果は、Dresselhausスピン軌道相互作用の符号が電場により反転可能であることを示した初めての結果です。Dresselhausスピン軌道相互作用は材料固有の値として考えられてきましたが、運動量の高次の効果を考慮するとキャリア濃度による変調が理論的に可能となります。Dresselhausスピン軌道相互作用の作る有効磁場の向きはRashbaスピン軌道相互作用の作る有効磁場と対称性が異なることから、二つのスピン軌道相互作用を組み合わせることにより、さらに自在なスピン電場操作が可能になります。

本研究で得られたDresselhausスピン軌道相互作用の電場による符号反転は、半導体だけでなく化合物一般においても可能となることが期待されることから、さらなるスピントロニクスへの展開が期待されます。

【論文情報】

雑誌名・号・ページ:Physical Review
論文タイトル:Gate-controlled anisotropy in Aharonov-Casher spin interference: Signatures of Dresselhaus spin-orbit inversion and spin phases
著者:F. Nagasawa, A. A. Reynoso, J. P. Baltanás, D. Frustaglia, H. Saarikoski, and J. Nitta
URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.98.245301
DOI:10.1103/PhysRevB.98.245301

【用語説明】

註1) Dresselhausスピン軌道相互作用
スピン軌道相互作用は、電子スピンが電場中を運動することにより、電場を磁場に変換する相対論的な効果である。InGaAsなどの化合物半導体はIII族原子とV族原子により構成されるため結晶の反転対称性が破れているとともにミクロな電場を形成している。電子スピンこの電場中を運動することにより生じるスピン軌道相互作用をDresselhausスピン軌道相互作用と呼ぶ。このため材料固有の値と考えられてきた。

註2) Rashbaスピン軌道相互作用
異なる種類の半導体ヘテロ構造で形成される量子井戸中のポテンシャル勾配が作る電場が起因となって生じるスピン軌道相互作用。このため、量子井戸上に形成したゲート電極にかける電圧によって。電子スピンが感じる電場を変調できるためRashbaスピン軌道相互作用は電気的に制御可能であることが確認されてきた。