【発表のポイント】
- 従来材料とは逆の電気特性を持つ次世代不揮発性メモリ用の新材料開発に成功。
- 今回開発した新材料を用いることで、データ書換え時の消費電力を大幅に低減できることを確認。
【発表のポイント】
【概要】
東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の畑山祥吾博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)と須藤祐司准教授らの研究グループは、既存材料とは逆の電気特性を示す相変化材料(Cr2Ge2Te6)の開発に成功しました。
フラッシュメモリの限界を凌駕する、次世代不揮発性メモリとして、相変化メモリ(PCRAM)が注目されています。しかしながら、現行のPCRAMに使われている材料は、耐熱性が低く、データを書き換える際の消費電力が高いことが課題となっていました。
今回開発した材料を用いて作製した相変化メモリ(記憶素子)は、フラッシュメモリを上回る高温データ保持性や高速動作性を維持しつつ、データ書き込みの消費電力を大幅に低減できること(90%以上)を実証しました。本成果は、アメリカ化学会の学術誌ACS Applied Materials & Interfacesに2018年1月11日(日本時間)に掲載されました。
【研究の背景】
フラッシュメモリの限界を凌駕する、次世代不揮発性メモリ注1として、相変化メモリ(PCRAM)注2が注目されています。PCRAMの記録層には「相変化材料」と呼ばれる、アモルファス相と結晶相の可逆的な変化が可能な材料が用いられます。通常、アモルファス相は高い電気抵抗を有し、結晶相は低い電気抵抗を有します。PCRAMでは、異なる大きさの電気パルスを印加してジュール加熱することで相変化を可逆的に生じさせ、その変化に伴う電気抵抗変化を利用して情報を記録します。現在、PCRAM用の相変化材料には、Ge2Sb2Te5をはじめとするGe-Sb-Te系カルコゲナイド化合物(GST)注3が利用されています。GSTのメリットは、数十ns(ナノ秒)の短時間で相変化を示すことで、PCRAMの高速動作を可能にしています。しかしながら、次世代PCRAMに向け、GSTの材料的課題が指摘されています。
第一の課題は、GSTが 160°C程度の温度で容易に結晶化してまうことです。このため、一つのメモリに電気パルスを印加して相変化する(メモリの書き換えをする)際に、隣接する記憶素子にも熱影響が及び、意図せず記録情報が書き換えられるリスクがあります。このことは、記憶素子の微細化・高密度化に伴って顕著になります。
第二の課題は、GSTを相変化させるために要するエネルギー、特に、アモルファス化するために大きなエネルギーが必要であり、PCRAM動作の消費電力が高いことです。これは、GSTの融点が高く、また、結晶相が低い電気抵抗を有していることに起因します。それ故、次世代PCRAMを更に本格的に普及させるには、上記課題を解決する新しい相変化材料の開発が期待されています。
【研究成果の詳細】
以上の背景の下、東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の畑山祥吾博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、須藤祐司准教授、進藤怜史博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、安藤大輔助教、小池淳一教授の研究グループは、産業技術総合研究所の齊藤雄太研究員および韓国Hanyang大学のY.H. Song教授らと共同で、上記課題を解決できる新材料を見出しました。本成果は、元素間の結合の強さを考えアモルファスの耐熱性に優れる材料を検討する過程で見出されたものです。具体的には、Cr2Ge2Te6化合物が270°C程度と高い結晶化温度を有し、極めてアモルファス相の耐熱性に優れていることを見出しました。興味深いことに、本材料は従来材とは逆に、結晶相の方がアモルファス相よりも高い電気抵抗を有することが分かりました。また、Cr2Ge2Te6のアモルファス相および結晶相共に半導体的性質を持ちますが、この結晶化に伴う電気抵抗の上昇は、相変化に伴うキャリア濃度(電流の担い手の濃度)の減少に起因していることを突き止めました。
本Cr2Ge2Te6相変化材料は、結晶相が高い電気抵抗を有するというユニークな特徴を有するため、ジュール加熱によるアモルファス化に必要な電流を大幅に低減できます。また、記憶素子の電気抵抗は界面接触抵抗注4(この場合、金属電極と相変化材料の界面に生じる電気抵抗)に支配されるため、高い電気抵抗を示す結晶相を持つCr2Ge2Te6相変化材料では電極界面上に極小のアモルファス領域が形成されるだけで大きな電気抵抗変化が得られ、PCRAM動作の消費電力を従来材に比して90%以上低減できることを実証しています(図1)。加えて、Cr2Ge2Te6相変化材料は、30nsでの高速書き換え動作が可能であり、低消費電力、高速動作、高温データ保持性を兼ね備えるPCRAMの実現が大いに期待出来ます(図2)。
今後は、本Cr2Ge2Te6相変化材料を用いたPCRAM実現に向け、長期データ書き換え性などのメモリ動作性能の更なる評価と共に、Cr2Ge2Te6の高速相変化メカニズムを解明していく計画です。
図 (a) 本研究で作製した記録素子の動作特性。Cr2Ge2Te6では、低抵抗状態がアモルファス相、高抵抗状態が結晶相を呈する。尚、Cr2Ge2Te6では30ns、GSTでは50nsでの電圧パルス幅で動作を行った。
(b) 図(a)の結果より見積もられたデータ書き換えに必要な動作エネルギー。
図2 種々の相変化材料の結晶化温度と動作速度の関係。Cr2Ge2Te6は、既存相変化材料より高温データ保持性かつ高速動作が可能。
謝辞
本研究は、JSPS科研費15H04113、17J02967、二国間交流事業(日韓)並びに公益財団法人 加藤科学振興会の助成を受け遂行されました。
論文情報
タイトル:Inverse resistance change Cr2Ge2Te6-based PCRAM enabling ultralow-energy amorphization
著者:Shogo Hatayama, Yuji Sutou, Satoshi Shindo, Yuta Saito, Yun-Heub Song, Daisuke Ando and Junichi Koike
掲載誌:ACS Applied Materials & Interfaces
URL: http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsami.7b16755
【用語説明】
注1:不揮発性メモリ
コンピュータに用いられるメモリのことを指し、特に、コンピュータの電源を切ってもデータ(情報)を記録保持しているメモリのことを言います。
注2:相変化メモリ(PCRAM:Phase Change Random Access Memory)
アモルファス/結晶相変化は、電気パルスによるジュール加熱により行い、通常、電気抵抗が高いアモルファス相をリセット「0」、電気抵抗が低い結晶相をセット「1」として情報を記録します。それ故、PCRAMメモリセルは、相変化材料の上下を電極で挟みこんだ単純な構造を有するため、FeRAM(強誘電体メモリ)やMRAM(磁気抵抗メモリ)に比して、製造コストや集積度の面で有利とされています。既に、携帯電話などにも一部実用されてきましたが、最近では、DRAMとフラッシュメモリのアクセス時間の差を埋めるストレージクラスメモリとしても期待されています。
注3:Ge-Sb-Teカルコゲナイド化合物(GST)
GSTは、アモルファス/結晶相変化に伴い大きな反射率変化を示すため、PCRAMに先立って光記録ディスクに実用されました。GSTは、反射率変化のみならず、相変化に伴う大きな電気抵抗変化を示し、また、数十ns(ナノ秒)レベルの高速相変化を示すため、PCRAM用材料として実用されています。
注4:界面接触抵抗
2つの異なる材料を接触させた時、その界面に生じる電気抵抗のこと。微細PCRAMでは、金属電極と相変化材料の界面に生じる電気抵抗がメモリセルの電気抵抗を支配することが指摘されています。